今日は「精神科医の会話術③自己理解」について解説します。
精神科医の会話術の第1弾は「概論編」として全体像を説明しました。
第2弾は「準備編」、そして今回の第3弾が「自己理解編」となります。
◯会話術とは?
この会話術は僕なりの会話術です。
準備、自己理解、聴く、伝える、他者理解と5つの要素に分けています。
◯自己理解はなぜ必要か?
→自分を通じて相手を理解するから
相手のことや病気を理解するためにも、自分を理解しておくことが大事です。
他者を通じて自分を知ることもありますが、結局自分を通さないと相手のことがわからないということもたくさんあります。
僕らは「心を使って相手のことを理解する」と言います。
自分の経験を伸ばしたり縮めたり、自分のプライベートな友人関係を連想して、それを伸ばしたり縮めたりしながら患者さんを捉えていくということをします。
そのためにも自己理解は大事です。
そもそも自分を知るだけでも結構いろいろなことがわかります。
自分の悩みやその解決を知ることで、相手のことをすごく理解できるようになったりしますのでとても重要です。
◯自己理解はなぜ必要か?
→無意識に相手を傷つける可能性があるから
それから、自分を知らないと相手に対して無意識に何か害のあることをしてしまったり、自分の主義主張を押し付けてしまうこともあるので、自分を理解する事は大事です。
ある意味において、自分の経験を応用することでしか相手のことを理解できません。これは精神科医だけでなく誰でもそうです。とんちんかんなことになりがちなので、そうならないように学問的な裏付けをして自己理解を深めていく。
そしてその自己理解をリライトしていき、正しく認識していくことが重要です。
コンテンツ
生物心理社会モデル
人間理解をする上で、現代の精神医学でよく使われるのは「生物心理社会モデル」です。
生物学的な要素もあれば、心理学的な要素もありますし、社会学的な社会の中でのその人の立ち位置などもあります。これらを総合的に考えて相手のことを理解するということをやります。
良いとこ取りのようにも聞こえますし、すごく中途半端な感じもします。
きちんと本質を捉えているのかどうかわからなくなりますし、複数の公理体系を使うことできちんとした事実を捕まえられないような気もしますが、医学とはそういうものだと思ってください。
脳科学者から見たら医師は本当に中途半端で何もわかっていないなと感じるでしょうし、心理学者から見ても社会学者から見てもそのような感じだと思います。
そうは言っても、ちゃんと患者さんを見て診療しているのだから許してよと思ったりします。
それはともかくこのようなモデルを使ったりします。
生物
生物学的な理解というのは、脳科学的な理解と考えてもらって構いません。
基本的には僕らが考えている脳のイメージは、「神経細胞の集まり」です。
心というものは脳が作っているものです。ですから魂というものを考えたりはしません。
基本的には、患者さんと喋ってる時に、この人の脳のどこに障害があるのか、脳のどこに病気が起きているのかを想定します。
医学としてわかっていないこともありますが、将来的には脳の病気としてわかるのだろうという仮定のもと考えています。これが生物学的な理解です。
また、神経細胞はざっくり集まっているのではなく、ある程度機能ごとにくっついています。
大きい会社のようなものです。社長がいて、部署があり、支社があったりします。このように機能ごとに分かれています。
機能ごとに分かれながらも、連携して1つの機能を起こします。
埼玉支部と千葉支部と東京支部が合わさって関東支部ができるイメージです。
機能と機能が組み合わさってまた大きな機能を生んでいる。
そのたくさんあるものの全体からなんとなく自我(意識)が浮かび上がってくる、というのが脳のイメージです。
もう少し簡略化すると、脳というのは何かの刺激に対して合理的な部分が演算したり、感情的な部分が動いたり、記憶の部分が思い出されたりして意識が上がってきて何かの行動をするということが起きます。
例えば感情に関するところの障害というと、うつ病、躁うつ病などがあります。
記憶に関係するところでいえば、トラウマの問題などがあります。
合理的に考えにくいということであれば、発達特性の問題が考えられます。
こんなに単純なことではありませんが、イメージとしてはこのようなことを考えます。
トラウマがあるのであれば、記憶のところに問題があるから、記憶を塗り替えるような治療をしていく必要があるな、感情の部分に問題があるのであれば、感情と切り離すような思考トレーニングをしてその間に薬をしっかり効かせてあげれば良くなるな、などと考えます。
人間は生まれたばかりの時は皆同じ脳みそなのか? それが経験や学習によって変化して個性が出てくるのか? などと考えるかもしれません。このような考えを「白紙論」と言います。
実際はそのような事はなく、生まれつき決まっていることはたくさんあります。
特性、何に興味を持つか、経験知、年齢、体力。
年齢によっても脳の動きは変わります。
思春期前の脳と思春期後の脳は違います。性ホルモンの影響が出ている脳と出る前の脳ではまったく違うのです。歳を取ったあとの脳も違います。
女性であれば閉経後の脳は閉経前の脳とはやはり違ってきます。
人間の脳は人によって全然違うので、そのような多様性をどこまで理解しておくのかが重要です。
逆にコペルニクス的転回として、神様は人間を多様性があるように作っている。
多様性を作るためには、理解し合えないほど違わないと多様性はできません。それくらい違うと思いながら相手のことを理解する。そして自分の特性や変わっているところを理解するのが重要です。
僕はどう考えても自分は変わっていると思いますが、それは自分で考えてもわかりません。
相手から、社会全体から見たときに自分はどんな人間なのか、多分こういう形なんだろうなと捉えながら多様性を理解し、自己理解をしています。
「四十にして惑わず」と言いますが、惑いますよね。
年齢によって悩みや課題は違います。20代ならば20代特有の悩みがあります。20代の時には経験が足りないから考えられないこともたくさんあります。
僕もまだ子供が小さいので、思春期の子供を抱えた経験もありません。いろいろな患者さんの話を聞いているので、なんとなく相手が悩んでいることはわかりますが、自分で経験したことはないのでその辺も加味しながら相手の心をどう理解していくのかはよく考えます。
自己理解においてもそうで、自分は何を知らないのかを加味しながら相手の心に入っていきます。
相手自身もこのような経験が足りないのだなと思いながら、それならばこういう事は考えられないのかな、などと考えながらやっています。
あとは脳の特性も考えます。
どのようなことは考えられるのか、どのような学習経験をしているのか、このような言い方をしても通じないのではないか、期待値など数学的な考え方の方がエンジニアの人には通じやすいのではないか、などいろいろ考えます。
心理
心理学的に相手を理解することもよくします。
本能的なバイアス、人間はどのような認知をしやすいのか、合理的に考えない時にどのような選択をしやすいのかを考えるということです。
生物学的な「合理的・感情・記憶」も1つの人間の心のモデルですが、いろいろな「モデル」があります。
さまざまなモデルを使いながら相手の気持ちを考えます。
この心理学的なモデルというのは、科学的に正しいものというわけではありません。
認知行動療法にしても何にしてもそうです。
人間の機能を扱いやすいように描写しているものです。
血液型占いや動物占いと大きくは変わらないといえば変わらないのですが、より臨床的で確からしく、有効性があるという意味では明らかに違うかと思います。
僕の場合は精神分析が好きということもありますし、少し古い教育からスタートしていますので分析的なモデルを使いますが、これが正しいということではありません。使いやすいから使っています。
例えば、「意識・前意識・無意識」というものがあります。
意識できるものもあれば、ギリギリ意識できるもの(前意識)もあるし、まったく意識できない無意識の世界もあるという心の描写です。
「自我・超自我・リビドー」の三すくみもあります。
親の教えが厳しかったりすると、超自我が強くて自分を責めがちになるというようなことです。
「Dポジション・Sポジション」というのは、「今はシゾイドポジション(S)でスプリッティング(分裂)な要素が強くなって、自分で考えられなくなっているから、乖離したものを自分の中に統合できるように抑うつポジション(D)に戻さないといけない」などと言います。
「投影・転移・逆転移・投影同一視」が起きていないか。
「成熟・神経症水準・精神病水準」
今は不安や混乱が強くて赤ちゃん返りをしてしまい(退行)、精神病水準まで落ちているのではないか。
このようにいろいろなモデルを使いながら相手のことを理解します。
これは使いやすいモデルを使えば良いのではないかと思います。
<投影、転移>
「投影」とは、自分が怒っているのに「相手が怒っている」と感じることです。自分が怒っている気持ちを相手に投影して、相手が怒っているように見えています。
自分が自分のことを否定していたり馬鹿にしたりしているのに、相手が馬鹿にしていると感じるのが投影です。
「転移」とは、学校の先生を「お母さん」と言ってしまうようなものです。母親を信頼しているときに、信頼している人をお母さんと呼んでしまいます。母親がしゃべっているように感じるのです。
父親に嫌な思いをしてきた、上司に叱責された時に、診察室でドクターが男性だった場合、ちょっとした言葉が上司に怒鳴られた時を思い出させる。それも意識できずに「なんか嫌な感じ」と思ってしまいます。
投影や転移は、自分で気づくことはなかなか難しいです。
気づかないから投影と転移だと言ったりするくらいですので、診察室で指摘されることで気づく自分のバイアスだったりします。
<逆転移>
患者さんが怒りの感情をぶつけてきたときに、自分も本当に怒ってしまうような感情になることを逆転移といいます。それを相手にぶつけてしまいます。
<投影同一視>
患者さんの怒りなどの感情があったときに、その感情の「化身」のように見えてしまいます。
自分が自分のことを否定しているのに、ドクターが否定しているように見える。否定しているドクターこそ悪い人間だと思ってしまう。
子供であれば、コロナに不安があったときに、友達に「コロナ」というあだ名をつけていじめることで不安を解消しようとすることなどを投影同一視といいます。
相手が自分の感情の化身になってしまうということです。
治療者や他の人を、憎しみの化身や不安の化身にする。
僕らが治療の限界を伝えるときに、患者さんは治療者が制限の化身、自分が自由に動けないことの化身に思えてきて、そのドクターごと倒さないと自分の限界性を突破できないと錯覚してしまうなどあります。
限界というのは医師一人を倒したくらいで取っ払えるものではありませんが、そのようなことに気づけません。
自己理解においては何が重要かと言うと、僕らが同じことをしてしまうのではないかということです。
治療者自身が悩みがあったときに、患者さんにもそれを向けてしまうことがあります。
教授から怒られた後に、年上の患者さんが来たときにイライラする。
なかなか上の先輩が書類にサインをしてくれないから残業になってしまったというときに、患者さんがちゃんと薬をとっていなかったりするといつも以上に怒ってしまうなど、いろいろな水準があります。
自分の親が教育ママだったときに、教育ママの被害を受けている患者さんにやたらと同情的になってしまったり、親子で来たときにお母さんを怒りすぎてしまったりといろいろなパターンがあります。
自分がどのような生い立ちで、どのような経験をしているから、どういう風な印象を持ちやすいのか。相手に対してどのように考えやすいのかをあらかじめ言語化しておかないと、それに右往左往してしまって良くないことが起きると思います。
僕のウィークポイントで言うと、自衛隊は好きだったので組織の人間に対して憧れや複雑な気持ちがあります。だから患者さんが組織の悪口を言っているときについ共感しすぎてしまったり、逆に転職したいという時に自分が自営なので応援したくなる気持ちもあります。
でもそれは間違っています。
ですからそうならないように、自分はそう言うんだとわかっているので言わないように半歩引くということは常に気をつけています。
自分はお酒を止めているので、お酒を飲んでいる人がうらやましいなと思って楽しく喋ってしまうこともあります。
このようにいろいろあります。
社会
社会的な要素で理解するということです。
その人がどういう親子関係だったのか、会社の中でどのようなポジションなのかを理解していくのが重要です。
ゲーム理論的にどのような振る舞いをしているのか。
反復脅迫といって、悪いことを繰り返してしまうこともあります。DV旦那と離婚した人はその後もDV旦那を選びやすいなど。自分の中にも同じようなものがあるわけです。それを理解しておくことがすごく重要です。
一人っ子だった、兄弟葛藤があった、自分の親との関係などいろいろあります。
そのようなことを理解しないと問題が起きることもあります。
自分が作っている頭の中の社会やロールモデルも、家族関係をベースに作られていたりします。
僕の中の職場のイメージは強烈な自衛隊のイメージがベースにあるので、そこから変形させて社会を理解していることもあります。
このようなバイアスにうまく気づくことが大事だと思います。
・構造主義と価値観
重要なポイントとしては、構造主義や価値観の問題をどこまで自分で認識しているかということです。
構造主義とは何かと言うと、「僕らは構造の中で生きている」という言い方をします。
社会の常識を空気のように吸うことで、社会の常識でしか考えられなくなっているということがあります。
なんとなくやっている行動が、本当に自分の意志なのかということがあります。
例えばブランド品などもそうです。
ブランド品は高くて良いもの、みんな欲しがっているから自分も欲しい、これを持っていることが幸福の証だと思い込まされていることはあると思います。
そのような構造の中に生きているので、社会が変わればまた全然違います。
例えば医師の世界ならば、医局というピラミッドが今もあります。医局の中でのポジションが、より教授に近い立場が上の方だと思えるかもしれません。
ですが、別に患者さんから見ればそのような世界のことよりも、年収が100万円上がっているというようなことの方が嬉しいと思います。
ピラミッドの中での勲章を求めすぎてしまうところがあります。
でもその村ごとのルールだったり、その地域では重要視されている価値観と、東京では重視される価値観の違い、世代ごとの価値観の違いなど、いろいろなことを考えながら自己理解をしていきます。
その世代では常識だったかもしれないけれど、他の世代では違う。
自分はこの世代だから、自分が正しい、常識だと思っていることは実は違うということはたくさんあります。
日本では正しいけれど海外では違うということもたくさんあります。
このようなことを構造主義と言います。
このような理解をどこまでできているのか。
自分の所属しているコミュニティーや、自分が大事にしている価値観はどういうものだから、どういう発言や行動をしやすいのかを理解することがとても重要です。
逆に価値観に優劣はありません。
多様であるがゆえに自分が正しいと思いがちですが、価値観はいろいろありますから、それをわかった上で自分が所属している価値観を理解することが重要だと思います。
今回は精神科医の会話術の「自己理解編」として、生物心理社会モデルを説明するとともに、自分の理解の大切さ、自己理解をすることで相手に対して偏見なく動くことができるということをお話ししました。
精神科医も自己理解が重要です。
精神科医の会話術
2021.10.30