今日は、精神科医の会話術の第4弾、「聴く」についてお話しします。
会話術を「準備」「自己理解」「聴く技術」「伝える技術」「他者理解」の5つの要素に分けていて、今回はそのうちの「聴く」について取り上げます。
「聴くこと」自体が治療になります。
聞いてもらえるというのは、それ自体がスピリチュアルな体験なので良くなります。患者さんの不安や痛みも取り除かれますし、とても重要な要素です。
痛みが取れるといっても100%取れるわけではありませんが、安心することで変化していきます。
ましてや精神科という心を扱う仕事であれば、聞くということはすごく重要です。
でも聞くことは当たり前にできますし、最初から備わっているコミュニケーション能力ですので、わざわざ教わりませんし自分はできると思いがちです。
ですが、「うまく聴く」というのはなかなかできません。とても難しい技術です。
とはいえ、どうやったら聞けるのかを意識していれば、少しずつ上手くなっていくと思います。
僕も今回自分の頭の中を整理してみることで、こんなことで気をつけていたなということを言語化することができました。言語化することで、これからどんどん上手くなっていけるのではないかと思います。
言語化すること自体で縛ってしまうこともあれば、それで進むこともあるので難しいですが。
聴く技術を大きく4つに分けました。
■相手が主役
会話をする上で前提となるのは、「相手が主役」という態度です。
精神科の場合は特にそうですが、会話において主役は相手なのです。
ですから聞くということはすごく重要ですし、相手が主役だと思いながら会話を進めていくことが大事です。
・中立(母性・父性)
また、価値観にしても何にしても「中立」であることがすごく重要です。
治療者は患者さんの鏡であるべきだと教わりますので、基本的には自分の主義主張や主観を入れず、客観的な事実のみを返していく鏡のようであるべきです。
ただ、母性や父性を足していかないといけません。
ただ中立で話を聞いていて、打ち返してくれない。返事をしてくれない心理士さんがいるとコメントで愚痴のように書かれたりしますが、返事をしないというのは問題があります。
後は、主治医が厳し過ぎる、父性が強すぎるドクターということで不満を言う人もいます。
甘やかすだけでもだめ、厳しすぎてもだめ、中立すぎてもだめということで、バランスがすごく大事だと思います。
例えば患者さんがすごく弱っている時であれば、母性中心で共感して慰めたり、時には相手を褒めたりということもします。
一方で、相手が子供でどうしたらいいかわからない時や、すごく悪い行動してしまった時は、父性を持ってきちんと指導しなければなりません。
境界性人格障害の患者さんがクリニックで暴れた時には、患者さんはもっと甘えさせてくれ、もっと助けてくれ、もっと私の話を聞いてくれと物を壊してしまう、クリニックの壁を殴る、「死んでやる!」と言って部屋を飛び出すことがあります。そのような時に母性も大事ですが、やはりできないものはできない、他の患者さんに迷惑をかけてはいけないと本人に言うことが大事です。
放置しているとわけが分からなくなってしまいますし、治療が進みません。
やってはいけない。ODをしてはいけない。アルコール依存症の人に対して「お酒は飲んではいけない」と言う。薬物依存症の人にやってはいけないと言うことが大事です。ここのバランスが重要です。
でも父性が強すぎると苦しくなってしまいますし、母性が強すぎるとスポイルしてしまい治療が進んでいきません。かといって中立すぎると手ごたえがなく、患者さんにとって通院の意味がなくなってしまいます。
バランスがすごく重要で、相手に合わせて動く必要があります。
・平等に漂う注意
精神分析のタームに「平等に漂う注意」というものがあります。
聞きながら相手の顔色や表情などいろいろなところに注意を向けるのですが、その会話に熱中しすぎてはいけません。その話や相手の何かに熱中しすぎてしまって他の情報が取れなくなるといけないので、いろいろなところに注意を漂わせておく必要があるということです。
・全部聞く、大事なところを聞く
だから「全部」聞かなければいけないのです。患者さんの話にはいろいろなところに意味がありますし、会話と会話の間、行間にも意味が込められていたりします。
ですから情報だけを取るのではなく、その時の表情なども見たりして全部聞かなければなりません。
「私は苦しくありません」と言葉では言っていても、顔色が悪かったり、やけに表情が暗かったり、つるんとして曇りも見せないような感じだと絶対に苦しいという意味です。
「どうですか?」と言った後に、0.5秒くらい間が空いてから「別に大丈夫です」と言った時には注意しなければいけないなど、とにかく「全部聞く」ことが大事です。
と言っても大事なところを聞くことも大事です。
オープンクエスチョン、クローズドクエスチョンと言いますが、「どうでしたか?」とオープンに広げながら重要なポイントだけをきちんと聞くというバランスが大事です。
一方で「薬は合いましたか?」「吐き気はありませんでしたか?」「言いにくいかもしれませんが、性機能障害はありませんでしたか?」など質問を狭めて聞くことも重要です(クローズドクエスチョン)。
「どうでしたか?」と聞かれて開口一番に「抗うつ薬を飲み始めて勃起しにくくなりました」とは言えないものです。このように、こちらから聞かないと恥ずかしくて言いにくい副作用があります。
この辺りは様子を見ながら聞いたりします。
・目を見る、口を見る
目を見ながら話すのか、口元を見るのか、視線をどう外すのか、こちら側の態度や動作、服装などの雰囲気も大事です。
・座る位置
正面に座る、横向きに座るなどあります。
・態度
聞き手の態度も重要です。
漫才でいう主役であるボケの人が引き立つためには聞き方が重要です。激しく突っ込まなくても、どのように聞いているのか、面白そうに聞くのか、不思議そうに聞くのか、そのようなことが大事です。
精神科の外来でも聞き方はすごく重要です。
二人でどのように診療を成立させるのか、相手は自分の話に必死なので、こちら側が全体を見ながらバランスを取ります。
■共感する(労る)
聞き方のテクニックの話です。
共感するというのはより母性的な要素です。
相手の悲しみ苦しみという気持ちに寄り添う。入っていく。
褒めたり、励ますこともあります。
ですが、褒めたり励ましたりするのが早すぎると突き放されたような感じがしますので、適切なスピードや間が重要だと思います。
相手の感情に入り込むのですが、入り込みすぎると疲れますしこちらが消耗してしまいます。
また、うまく舵取りができなくなってしまいます。
ですから事前準備というものがすごく重要です。
死ぬということ、ODをする苦しみ、悲しみ、老い、自分の劣等感などそのようなものは自己理解として言語化して準備しておきます。治療者側が何かそのようなショッキングなことを言われたときに、すぐに対応できるように自分の中である程度のテーマは整理しておかなければいけません。
例えば、親の老いや介護の問題、親が亡くなったときの問題、借金の問題、何でも良いのですが、それが突然パッと出てきた時に、自分の中の借金の問題が湧き出てきて診察中に混乱するということがあってはいけません。
準備をしておけば余裕ができるので、言語化や自己理解が重要です。
皆さんは、医者というとお金持ちで家柄も良く、家族の問題もなくハッピーな人たちと思うかもしれませんが、普通の人たちですからそれなりにいろいろな問題があります。
ですが、できるだけ問題がないようにしなければいけないし、問題があった場合にはあらかじめ準備しておく必要があるのではないかと思います。
■整理・焦点・誘導
患者さんの話を、ただ普通に共感的に聞いていれば良いということはありません。
それだけで診断や治療がうまくいくということはまずありません。
聞きながらそれをロジカルに整理していくことが医者には求められます。
足りないところについては、大事なところに焦点を当て「それについてもっと教えてください」「家族の問題がありそうなので、そのことを話してください」「子供の時の話をできればしてください」などと聞いていきます。
このように焦点を当てながら、話を誘導していくことが重要です。
そして「あなたは今こういうことを考えているんですね」と解釈をしていくと、患者さんは言語化してくれたのでほっとしたりします。
このようなことも大事です。
こういったことを行うには知識が大事です。医学的な知識のみならず、きちんと症例、病気の傾向を知っておく。
境界性人格障害ならば見捨てられ不安がある、発達障害ならば実は攻撃性がある、自分の意見を言うことが苦手など、知っておくようにします。
だいたい診療のバリエーションはそれほど多くないですし、不幸や困りごとのバリエーションもそれほどありません。そのようなことは本や教科書に書いてありますし、どのようにやったら良いのかも書いてありますので、それをあらかじめ押さえておきます。
その上で、患者さんごとに個別のアレンジを加えていくようにします。
自分自身についての知識をつけることと、公共的、医学的な知識をつけておくことが大事です。
■会話のスピード、間
どのようなスピードで喋るのが適切なのか、間を空けた方が良いのか、沈黙はどれくらい大事なのかを考えるのが重要です。
あまり沈黙が長いと、その沈黙が攻撃的に感じられることがあるので、励ましたり相槌を打ったりして間を埋めることもします。ですが、逆にそれがあるせいで患者さんが会話に集中して自分の心に向き合えなくなることもあるので、ここのバランスが大事です。
・全体の構成、感情の起伏
診察時間が5分、カウンセリングが45分ならば、その中で今何分ぐらいだからどういうことが起きるかという予測をするようにします。
時間に余裕があればどんどん展開して2時間でも3時間でも聞けるのかもしれませんが、そのようなことはないので、その中でどのように話を組み立てておくか、患者さんの感情の起伏が上がり過ぎたり下がり過ぎたりしていないか、かといってずっと平坦で行って仕舞えば驚きも感動もないので、診察の中でもアップダウンを少しつけてあげた方が良いのか、このように全体の構成を考えながら聞いているかなと思います。
とても難しい技術ですが大事です。
話を聞きながら、相手の表情を見ながら、今はどのようなスピードなのか、どのような間なのか、自分は今は母性多めが良いのか、父性強めが良いのか。往々にして医師は父性が強めになりがちなので、できるだけ母性を強めていく、共感を重視するようにしています。
そして、伝えなければいけないという思いはすごくありますが、一番重要なのは「聴く」ことです。
聞くこと自体が治療なので、ただ聞いているだけで自分は治療的なことをしていないのではないかと思うのですが、そうではありません。
聞いていること自体が重要な要素なのです。
患者さんはその場では治療効果について語りませんし感謝はしませんが、聞いてくれているというのはすごく重要な要素なので、それは意識しながらやることが大事です。
喋ると医師は「伝えられた」と思って安心しますが、それだけではダメということを自戒を込めて言いたいと思います。
今回は精神科医の会話術の第4弾として「聴く」についてお話ししました。
精神科医の会話術
2021.10.31