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精神科医の会話術②準備編

02:19 時間、場所
08:51 職場でどう活かす?
10:20 時間の制限
12:14 契約(動機・目標)
16:50 真に求めているものはわからない
18:59 信頼
22:37 信頼されることを目指す

今日は「精神科医の会話術」というテーマでお話しします。
会話術の第二弾「準備編」です。第一弾は「概論編」という形で精神科医の会話術の全体像をお話ししました。

全体像とは、準備、自己理解、聞き方の技術、伝え方の技術、他者理解です。
このように会話術を5つの要素に分けて、ざっくりと僕がどのように考えているかについてお話ししました。今回はその中の「準備編」です。

患者さんに会う前に、どのようなことを心がけているかということをお話ししようと思います。このような話は、患者さんや治療者のみならず、一般の会社勤めをされている方にも応用が効くのではないかと思います。

取引先との会話、上司や部下とのコミニケーションの取り方にも役立つと思いますので、ぜひ最後まで聞いてください。

準備の段階で僕が重視している事は3つあります。

・時間、場所
・契約(動機・目標)
・信頼

診療が始まる前にこの3つの要素がうまくいくと診療もスッといきます。

この3つの要素がぐちゃぐちゃになっていると、セッティングが悪いので良い診療はできないと思います。

時間、場所

時間と場所はとても大事です。患者さんが通いやすい時間、安心できる時間、安心できる空間を作ります。
外に声が漏れない、通っていることを知られたくない人には知られにくい場所を提供するなどいろいろあります。
このような時間と場所のセッティングはとても大事です。僕も開業するにあたりいろいろとシミュレーションしました。

医師になりたての頃や医学生の頃には、「こんな精神科医になりたい」という理想がありました。
理想通りにはいっていませんが、それなりに自分らしくやれています。

昔はよく自分はどんな風になりたいのかと考えていました。
僕は防衛医大だったので自衛隊にいたのですが、自衛隊では山の中にこもって訓練をしたり、演習場の整備の手伝いをしたりしました。
その時に本を持っていって時々読んでいました。医学書以外にも普通の小説なども読んでいたのですが、読み慣れた本を持っていくのが好きで、その中に村上春樹もありました。

「国境の南、太陽の西」という作品では、主人公がバーを経営しています。そのバーが恥ずかしくなるくらい理想的もしくは非現実的なバーなのです。

自衛隊で山の中に入っているときに、こういう理想空間は面白いなと思って読んでいました。どのような話かと言うと、主人公は脱サラしてバーのオーナーになります。
奥さんのお父さんが社長でお金持ちでお金を貸してくれ、そのお金でバーを作り非常にお金持ちになるというくだらない話です。でも読んでいると面白いのです。
そのバーの描写を読みながら、自分だったらどのようなクリニックにしたいかを想像していました。

安心できる空間や理想空間は何かということです。
イメージしていたのはONE PIECEの「海上レストラン」です。
「海の上でもお腹がすいたら食べる場所があったら良いよね」と言うキャラクター、ゼフの理想を実現したのが海上レストランです。僕もその発想が好きで、患者さんにとってどのようなクリニックが良いのだろうとか、自分だったらどのような病院にかかりたいのだろうという事はかなり考えました。

僕の中の理想のクリニックとして、一応体現はしています。
ですが、理想通りにはいきません。

もちろん現実的な縛りもあります。
例えば駅から遠いと通いにくい、主要な沿線でないといけない。家賃が高すぎてもいけないし、あまりに安いと古すぎたりします。家賃などの固定費が高ければたくさん患者さんを診なければならなくなりますし、安ければ患者さんの数をそれほど診なくても収入を確保できます。このようにいろいろあります。僕の中での結論としては、今のクリニックは東京の中でも新宿区で都心であり、早稲田は新宿の中でも比較的賃料が安く、空間も広めに取ることができたのでよかったと思います。

時間帯というのも重要です。
開業当初は世の中の人はもっと残業していました。そのため、患者さんが通えるクリニックがなかなかありませんでした。うつ病の治療で会社を休職して復職した後に、会社を休んで通院しなければいけないというのが患者さんにとってはすごくハードルが高いことだったのです。
それで通院を止めてしまい再発した人をたくさん見ていました。だから開業当初は昼・夜間を中心としたクリニックにしていました。

ですが、だんだん時代が変わってきてあまり皆残業をしなくなって早く帰れるようになり、今は普通に日中に診療するクリニックに変わりました。夜に患者さんが来なくなったのです。

また、患者さんがどういう風に来るのかなども考えました。
例えば早稲田だとオフィスはあまりないので、通勤で早稲田を通過する人が多いと思います。そのような人が、自宅に帰る際に途中下車をして人目につかないように受診をし、また電車に乗って帰れる場所だと良いなと考えました。
後は、早稲田大学という言葉の響き、街の雰囲気が学問的な感じでありながら気取らない感じも良いと思いました。

それは心の治療にあたり、患者さんにも良い影響を与えるのではないかと思っています。このように、街を歩く時や電車に乗っている時も、治療としての雰囲気作りができたら良いななど考えていました。

多くの先生がいろいろなことを考えていると思います。

職場でどう活かす?

普通の会話や職場ではどのようにこの考えを活かせば良いかと言うと、「シミュレーションをしてみること」が重要だと思います。会話のパターンというのはそれほど多くありません。

精神疾患はすごくバリエーションがあるような感じがしますし、患者さんごとに家族や社会背景も違います。ですから無限の会話のパターンがあるように皆さん思うかもしれません。

が、実際には不幸のパターンはそれほど多くありませんし、診療も長くやればやるほどそれほど変化球はないなとわかってきます。最初の頃は変化球に思えたような球も、実はオーソドックスな不幸話だったということも多いです。
そのようにだんだん慣れてきます。

おそらく多くの患者さんも、営業のやり方や職場の上司とのコミュニケーションにそれほどパターンはないのではないかと思います。200や300種類もないと思います。ですので、シミュレーションをしてみて次回からこう活かそうという「PDCA」サイクルを回し、自分のパターンをある程度考えておくのが良いかと思います。

時間の制限

それから、一般的な精神科の臨床というのは初診は30分+α、再診は5分+αだと思います。
それが患者さんにとって本当に良いのかというのは疑問の余地があります。もともと精神分析家のフロイトは週5回で1回50分行っていました。

それくらい長くやっていたのがどんどん短くなっていきましたし、認知行動療法も全部で10回~12回で終わるようにセッティングされています。
このような短い時間の中で、精神療法だけでなく診断やマネージメントも行い、福祉とつなげ、薬物療法もし、病気の説明もするということをしても良いのか。

そのような思いはすべての精神科医が持っていると思いますし、精神科だけでなく、医療において患者さんに時間を割くことができないもどかしさは全ての医療従事者が持っていると思います。

しかし、そのような現実的な縛りの中で、何ができるのかを考えなければなりません。

5分でやらなければいけないので、それ以上の時間が必要になってくるとカウンセリングをどのように導入するかを考えます。カウンセリングを受けやすい環境をどう作るのかも考えたりしています。

とにかくいろいろなシミュレーションはしています。

契約(動機・目標)

患者さんと、どのように治療していくかを取り決めることが大事です。

患者さんは困ってから来院します。
良くなりたいと思ってくるのですが、医者のところに行けば良くなる、あるいはよくわからないのでとりあえず病院に行く、藁をもすがる思いで来たということもあると思います。

患者さんはそのような理解で良いと思いますが、現実的なことを言うと、患者さんは来院すると「医療・福祉システム」に処理されて出てきます。これが医療の形です。

制度の中で淡々とこなされる。私という人間が診断というラベルをつけられて、「あなたはこうだからこの薬を飲みなさい」と治療される。5分では足りないのでカウンセリングを受けてください、または訪問看護、デイケア、就労支援、復職訓練 を受けてくださいとなる。このようなことで良いのかと憤る人は多いと思います。医療や福祉の本質を考えたことのない人は、その現実に驚愕して腹立たしく思うかもしれません。
でも社会はそのようになっています。

僕らも国が定めた医療・福祉システムの中で動いています。「あなたは困っているので、医療・福祉システムの中に入ってください」という契約を結ぶわけです。
しかもこれは暗黙のうちに行われます。

「僕らはこのような治療ができますから大丈夫ですよ」というようなことを言いながら話をしたり、これは動機づけ面接と言いますが「治りますからきちんと通ってくださいね」と声をかけたり、アルコール依存だったら目標を立てて断酒を目指したり、過食嘔吐を治すためには適切な体重に戻すように目標設定をしたりします。

ですが、この契約をきちんと交わすことは難しいです。
システムな的な問題もあれば、患者さんが混乱している、悩んでいるから正常な判断ができないということもあります。

子供に例えるのは患者さんにとって失礼な言い方になりますが、患者さんは苦しいから「退行」していて正常な判断がしにくくなっていることがあります。子供に対して注射を打とうと言うと、子供は「いやだ!」となります。だから飴をあげるよと言ったりするわけです。

そのようなことを大人相手にしろと言うわけではありませんが、僕らは正直に「注射を打てば良くなるんだよ」「このようなデータがあるよ」と言っても、それだけではダメなのです。

やはり、動機付けをする、励ます、目標を立てるなどいろいろな手を使って、患者さんが良くなる方向にマネージメントしなければいけません。
ドクターは専門的な知識があるからこそ、そのようなことを責任感を持ってやらなければなりません。

このように、暗黙のうちの契約がありますが、自分はどこまでできるのかを考えておくことが重要です。
 

真に求めているものはわからない

これは医療だけの問題かというと、必ずしもそうではないと僕は思っています。ビジネスの世界では「顧客は、何を求めているかわからない」という言い方をします。

これはスティーブ・ジョブズが言った言葉です。

「真に求めているもの」はよくわからないのです。
iPhoneがある今だからこそわかりますが、iPhoneができる前は「これ何なの?」という感じでした。

それが自分に役立つのかもわからないし、自分の何を解消してくれるのかも分かりません。でも今やスマホを手放せません。ですが、スマホが出る前から「スマホのようなものがあったら良いな」と思った人は、ほとんどいませんでした。スマホがもっと薄かったら、軽かったら、カメラがもっと良ければいいなというのはイノベーションではありません。リノベーションにすぎません。

日本の経済力が落ちてしまったのは、そのようなイノベーションを起こせなかったということもわかってきています。本当に何を求めているのかというのはわからないのですが、プロが「何ができるのか」を考えていくことが非常に重要だと思います。

これは精神医療の世界だけでなく、普通のビジネスでも行われていることです。

会話をするときに、営業先の顧客、上司、彼らが本当は何に困っているのか、何に怒っているのか、何に悲しんでいるのかというのはわからないはずです。本人に聞いてもわからないので、こちらが想像します。

そして、こちらができることもあればできないこともあるので、その中で良いものを提供していく、約束していくことが重要だと思います。

信頼

このように、患者さんは「医療・福祉システム」に放り込まれてしまって出てくる。洗車のようなものです。
よくわからなくて怖いもの、だからこそ「信頼」が大事です。僕らは信頼されなければなりません。

信頼され得る人間にならなければならない、というのが僕の考えです。

医師国家試験に受かったからだとか、勉強しているからだという水準ではなく、他人が用意してくれた神輿や権威に担がれるのではなく、きちんと信頼される人間にならなくてはなりません。

信頼される人間とはどういうことかと言うと、それに関していろいろな本が出ています。
大したことではありません。基本は「相手を尊重する」ということです。
それから、「自己開示」を適切に行います。

・自己開示
できないことをできないと言う、自分はこのような思いでやっているのだと伝える。そういったことを開示することが重要です。自己開示するというのは、裸になるとかすべてを曝け出すということではありません。
ですが、まったく言わないというのは相手は不安になるので、自分が生身の人間であるということを適度に解放することは、信頼関係を作る上ではすごく重要です。

・相手を尊重する
相手を尊重することも重要です。

患者さんは、「治れば自分より優れた人」だとよく思います。分野が違えば僕よりもはるかに優れた人たちで、社会にきちんと貢献している人たち。相手を思いやる心がある人たちです。そのような人たちがたくさんいます。つい診察室の中にいると、こちらの方が立場が上のようになりがちですが、それではいけません。きちんと尊重する。診察室の外のこと、彼らのこれまでの人生を尊重する態度が必要です。この人が努力してこなかったのではないかということではありません。

苦しんできたり、努力する機会を与えられてこなかったなど、いろいろなことがあります。

「命の尊重」というと医療の本質を突いていないように僕は思いますが、普通に尊敬することが大事だと思います。普通にちゃんとしている人たちなので、治れば自分より優れた人たちと僕は思っています。

あとは、ビジョンの共有です。
僕は治したいと思っているし、薬を飲み続けて通院し続けてくださいなんて思っていません。きちんと治ってくださいと思っています、と当たり前のビジョンを共有することが重要です。

信頼されることを目指す

信頼されるように見せるテクニックもあります。
喋り方のテクニックや、演出の方法。例えば良い服、良い時計を身につけていると成功者のように見える、などの技術もあります。ですが、時代情勢や社会状況、相手の心理状況によってその技術論はうまくいかないこともあります。ですから、普通に信頼されることを目指すのが良いと思います。

嘘をつくテクニックや演技力を高めるよりも、信頼される人になった方が良いと思います。

また、誤解は必ずあります。
皆それぞれ違う考え方がありますし、適切に伝えても相手は全然理解してくれないことはよくあります。

ましてや精神科の治療ですから、相手の心理状況によってきちんと伝わることもあれば伝わらないこともあります。

でも相手に合わせすぎると疲れます。
自分がダメなのかなと思ったりしてしまいます。

患者さんから見ると、ドクターは一人の患者に嫌われることなんて大したことないのでは、患者さん一人が傷つく、治療がうまくいかない、事故みたいなことが起きてしまうことに対して心が痛まないのではないか、OD(オーバードーズ)をする患者さんがいた時に、それは自業自得だと気にしないと思うかもしれません。

ですがそんなことはなく、すごくプレッシャーを感じますし、うろたえますし、心が傷付きますし、自分を責めてしまいます。普通のドクターは自分を責めてしまう人が多いと思います。その時に、そこで消耗したり燃え尽きないためには、日ごろから自分が信頼される人間を目指していたのであれば、「頑張った結果なんだな」と自分なりに折り合いを付けられるような気がします。こういったことは、普通の会社員の方や自営の方も同じだと思います。

人を騙してやろうとか、お金を稼げれば良いのだとか、そのような思いだけで仕事をしている人は世の中にはほとんどいないと思います。いても2~3%くらいだと思います。多くの人は、社会にきちんと貢献していきたい、誰かのために何かをしてあげたい、その結果お金になれば良いなと思っていると思います。

その中で消耗しないためには、信頼関係をどう築くのか、どうすれば信頼される人間になれるのかを考えていくことが大事です。

今回は「精神科医の会話術 準備編」ということで、時間と場所、契約、信頼についてお話ししました。喋りながら思ったのですが、やはりシミュレーションですよね。

患者さんと会っていない時に、いかに相手がどう考えるのかをイメージしておくか。その中で自分がどれだけできるのか、理想にどうやって近づけるのかをシミュレーションし続けていることが準備として大事なのではないかと思いました。


2021.10.29

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