本日は「マスダが診察してくれない」と悩んでいる方に向けての動画です。
そう言うと「おいおいマスダ、自意識過剰だろ、キモ」と思われるかもしれません。
「冗談半分で言っているので本気にしないでね」と思っている方もいると思います。
僕もそんなに深刻に受けていません。
ただドクターを理想化してしまう部分というのはあると思います。
理想的なドクター、優秀なドクターという幻想はあると思います。
それは僕に限らず、そういうドクターがいるんじゃないか、そういう人に診てもらったら自分は今よりも良くなるんじゃないか、というのはあると思います。
それは良くわかります。
僕も歯医者に行ったり、この前まで腰が痛かったので病院に行くと「もっと良い先生はいるのかな」と正直思ってしまいます。
半分はそう思いますが、もう半分でそれは自分の心細さだな、今の先生は良い先生だしな、ネットの情報と比べても変なことは言ってないしなと思って診療を受けています。
同じドクターだから良くわかるのですが、あまり派手なことを言う人は信用できません。
自分がドクターだからよくわかりますが、僕みたいなタイプは一番信用してはダメです。
僕もそう思います。
胡散臭いヤツだな、と自分で自分のことを思います。
理想化しているドクターはあまり信用すべきではないと思います。
とは言っても、患者さんは色々なことを考えると思います。
コンテンツ
マスダの長所?
・言語化の効果
実際、患者さんたちが僕のどこを長所だと思っているのかと考えてみると、たぶん「言語化」だと思います。
僕は病気のことを説明する力が、おそらく毎日YouTubeを撮っているおかげもありたぶん他のドクターよりも得意だと思います。
一番上手いということはないと思いますが、半分よりもちょっと上だと思います。
そういうものが必要だと思い、受診したい患者さんはいるかも知れません。
・プラセボ効果
プラセボ効果もあるかもしれません。
思い込みというやつです。
でもプラセボ効果もバカにはできないのです。
医学においてプラセボ効果はすごく重要で、効果があるということはどんな実験でも明らかです。
YouTubeを見ているからマスダは優秀だと思い込むことで治したいという気持ちもわからなくもないです。
また僕が前向きな態度をとっているので、それも良いかもしれません。
前向きなプラセボ効果が起きるかもしれません。
・ヘルスリテラシーの向上
ヘルスリテラシーの向上ということもあります。
僕は精神科の病気のことをパッと説明しているので、知識がつくということで僕の診察を受けたいと思っている人もいるかなと思います。
知る痛みを和らげる
そもそも治療って何なのか、治癒とは何なのかということを皆さんと共有したいと思います。
僕も毎日動画を撮りながら、教科書を読んだり色々な精神療法や精神科の治療法を読んで、そのエッセンスみたいなものを皆さんに届けたいと思っています。
僕が考える治療のエッセンスは何かというと、「自己理解」「他者理解」「しなやかな思考」です。
自分を理解していく、他人を理解していく。
他人を理解していく中では傷つきます。他人と自分は絶対違うという壁というか溝に気がつくわけです。
相手を知れば知るほど傷つくし、自分と他人が違うということに驚愕する、怯える、すごい不安に襲われたりします。
他人はすごく頑張っているから優秀なんだなと思ったら、そうではなく生まれつきの問題だった、運の問題だったということを知って、他人を理解していくと傷つきます。
もちろん自分を理解していくのも傷つきます。
弱さや醜さも知ってしまうので。
そういうものを踏まえて、でも意地っ張りにならずにしなやかに考えていく、ということが重要です。
これを得るためには、知る痛みを伴います。
自分ってこういう人間なんだ、自分って弱いんだ、自分って愚かなんだ、自分って実はすごく暴力的で残酷なことを考えていたんだ、ということを知る痛み。
そして他人も同じだし、他人と自分は違うということがわかる。
いつか別れが来る、死がある、不幸がある、という知る痛みを伴います。
精神療法とは何かというと、その知る痛みを和らげる技術なのではないかと思います。
精神科の外来はマネジメント、その結果どのように行動したら良いのか、ということを伝えていきます。
それは伝える必要はないとも言えます。
が、自分で調べる手間がかかるので、教えてくれた方が親切なわけです。
なので、そういうマネジメントも協力していくということになります。
患者さんに知ってもらう、でも知る中で痛みを伴う、僕らはその痛みを和らげようとする、少しでも和らぐようにYouTubeで伝える、場所をセッティングする、共感的に受け止める・聞く。
虐待やトラウマのこともそうです。共感的に受け止める、相手に同情する、きちんと相手の努力を誉める。
そういう技術がないと一人で知るというのはきついわけです。
YouTubeで病気のことを知るというのは、この三つの要素のどれにも学習効果があるのではないか、と思います。
だからマスダの治療を受けたいと思うのかもしれません。
でも僕よりも優秀なドクターはいっぱいいますし、今の先生もマスダより優秀だと思いますけど。
究極的には一人でやっていくもの
もう一つ言うと、「今のままで良いのか?とても心細いです…」ということなのかなと思います。
患者さんのコメントを見ていてよく思うのは、そういうことなんだろうなと思います。
このままの治療で良いのか、とても心細い、ということなんだろうなと思います。
自分が病気になったとき、自分が病気で治療を受けているとき、自分の家族が治療を受けているときに、僕もその主治医の先生のホームページや経歴を見るし、もっと別の病院へ行った方が良いのか一度は調べます。
絶対に調べますね。
調子が悪ければ、本当にこれで良いのか、信用していて良いのか、と思うのではないかと思います。
でも、治療はそもそも究極的には一人でやっていくものなんです。
患者さんが自己理解、他者理解、しなやかな思考を得るためには、薬は僕らが考えて出せるし、痛みを和らげるために協力することはできますが、やはり自分の足で登っていかないといけないのです。
どれだけサポートをするかということなんです。
YouTubeを使って、受診前に「自分はこういう病気なんだな」「こういうことを考えたら良いんだな」と思い、「受診までしなくて良いかな」「薬は必要ないかな」と思うパターンもあるかと思います。
自学自習で済むパターンです。
5分外来と揶揄されたりしますが、精神科はどうしてもそうなってしまいますが、5分だってそんなに短いわけではありません。
5分の間に出来ることはたくさんありますから、YouTubeや色々なものを見て学習しながら時々外来で軌道修正し自分で自分のことを律していく、自己理解、他者理解、しなやかな思考を得ていくこともできます。
5分だとどうしても短いから、45分や50分、60分のカウンセリングを受けていく。
週一回受けていく、月一回受けていく。
色々なパターンがあると思いますけれども、カウンセリングを補助エンジンに使うというパターンもあると思います。
カウンセリングも、CBT(認知行動療法)のような10回、20回ではなくて、分析的な50回、60回、100回、200回と続くようなものもあります。
そういうカウンセリングというのは、治療者とすごく親密な関係、いわゆる転移が起きるので、そういう転移の中で痛みを和らげながら知っていくということもあります。
心細さと痛みをどういう形で受けていくかということです。
強い人であれば、心細くても痛みを伴ってもグイグイ行くわけです。
でもそういう人は多いわけではないので、できるだけフォローしていくのが重要です。
心細いですがどれが正解というわけではありません。
内省が進んでいるなら良いのです。
痛くても心細くても前に進んでいるのなら問題はありません。
それは痛みを伴っている分、心細い分、すごく頑張っているということなんです。
心細さに気づく
くっついていないと不安、何かに所属していないと不安、型にはまっていないと不安、今のままで良いのかと悩むんですよね。
でもこの「悩んでいる」という理解が重要なのではと思います。
マスダの診察を受けたいというのは、つまりそういう心細さなのです。
「あ、私って心細かったんだ」「マスダ先生の治療を受けなければいけないと思ってる、誰々先生の治療を受けなければいけないと思っているのは、そうじゃなくて、私ってこれだけすごく心細かったんだな」「すごく痛みに耐えてるんだな、だけどそれだけ頑張ってるんだな」という気づきです。それはすごく重要なのではないかと思います。
そういうものです。
誰でも自分の嫌なことを言われたら嫌ですよね。
「わかってるけど言わないでよ」みたいなことですから。知る痛みって難しい言い方をしていますが。
だからやんわり伝えてほしいし、そういうプロの技術を使ってほしいですね。
ズケズケと土足で入ってきてほしくないですよね、心の中に。
そうしたら良いことを言っていても伝わらないですよね。
ホントにそう思います。
今回は、マスダが診察してくれない、ドクターの理想化とそれはどういう意味なのか、心細いという意味だ、ということを動画にしてみました。
その他
2022.2.10