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ニューロダイバーシティを解説

00:00 OP
01:48 「質的」に違う
06:56 平等な個人?
11:31 当事者が治療モデルを作り出す

本日は「ニューロダイバーシティ」について解説します。

「ニューロダイバーシティ」という言葉を聞いたことありますか?
ニューロは脳です。脳神経とか脳のニューロンです。
ダイバーシティは結構聞きますね、多様性という意味です。
だから「脳神経の多様性」という意味なんです。

今回この動画を撮るにあたって、村中直人さんの『ニューロダイバーシティの教科書』(金子書房)というものを読ませてもらって、これを参考にしつつ、臨床家目線でこの運動のことを捉え直してみようかなと思います。

ニューロダイバーシティ運動とは、とにかく脳神経の多様性をもっとみんな知ってよ、僕らの権利を認めてもらおうという運動です。

もともとこの言葉自体は、1998年のJane Meyerdingという人のエッセイから始まったようです。
最初は学術的なものから、段々と当事者の人たちの間でも広がり、オンラインコミュニティを通じ、概念をディスカッションしていく中で生まれてきた運動のようです。

「質的」に違う

ニューロダイバーシティの方から説明するとわかりやすいと思います。
例えばLGBTQの人たちがいます。

性の認識、捉え方が違う。
男性の身体で生まれてきたけれど、女性を好きになるのが一般的なのに対して、男性を好きになる人もいる。
もしくは、自分の身体に違和感がある。

男性の身体なんだけれども、心は女性なので女性の身体で生まれたかった。
他には、男性も女性も、両方好きになることがある。

自分の性がどちらかわからないというものをLGBTQと言います。
いわゆる性的マイノリティーの人たちの存在は人口の7%くらいいると言われており、今までは少数派だったし、言うと差別にあうので黙っていました。

聖書の教えも強かったので、聖書の教えではダメということになっていますからなかなか言えませんでしたが、少しずつ皆が連携を取って、自分たちの権利を主張したということです。

LGBTQの人たちを先輩として見習って、ASD、ADHD、LD(学習障害)の発達障害の人たちも、自分たちの世界の捉え方が定型の人たちとは違う、ということを認めてもらおうというのがニューロダイバーシティの動きです。

最初は発達障害の人たちだけでしたが、発達障害だけじゃなくLGBTQの人たちなど、その他の人たちも生物多様性という中で仲間に入れて行き、色々な人を巻き込んで、ニューロダイバーシティの社会の実現を目指そうという動きのようです。
上手く言えたかどうか分からないですが。

僕はここにBPD(境界性人格障害)の人やSAD(社交不安障害)の人たちも入れてしまいました。
確かに臨床をしていると、生まれつき感じ方が違うんだろうな、という人たちと出会います。

境界性パーソナリティ障害の人であれば、感情がすごく乱れやすい。
感情の幅が広すぎる感じがして、すぐ寂しくなったり、虚無感を抱いたり、激しいです。
それは普通の人たちが見ている世界とやっぱりちょっと違うんだろうな、と。

社交不安障害の人たちは、他人が怖い、人の目が気になったり、恥をかきたくないという思いが強すぎる。
そういう不安のあり方というのは、やはり一般の人たちのそれとはちょっと違うなという気がします。

発達障害の人たちもそうです。
ASD、ADHDの人たちが感じている世界の見方、感覚過敏のあり方は全然違います。
HSPというとちょっと意味が違うし医学用語ではないのですが、一般の人たちから見ると、HSPとか繊細さんという言葉の方が分かりやすいかもしれません。

とにかく脳の作りからちょっと違うということです。
「質的に」ちょっと違うということです。

運動神経がすごく良い、すごく悪い、ではなくて、普通というとアレですが、マジョリティの人の心の特性を伸ばしたり縮めたりすることで語られるのではなく、どこか質が少し違う要素があるというのがニューロダイバーシティの要素かなと思います。

臨床をしているとよくわかりますが、実際そういう人たちとしっかりコミュニケーションを取っていないと、イメージが掴みにくいのかなという気はします。
まあこういうものなのです。

この発想はすごく僕も「ああ、なるほどな」と思いました。
こういうふうに説明すればいいんだと思いました。

うつ病の人に「頑張れ」と言うのは、性的マイノリティーの人に「お前は男なんだから、男を愛さずに女の人を愛せよ」と言っていることと同じぐらい無茶なことなのです。

発達障害の人に「ミスするな」「甘えるな」「頑張ればできるんだから頑張れ」「今日遅刻しなかったから明日も遅刻しないだろう」「片付けられるだろう」「相手の気持ちをわかれ」と言うのはそれくらい苦しいのです。
うつの人に「頑張れ」と言うくらい苦しいことなので、そういうことを臨床実感としてはよく思います。

平等な個人?

人間の考え方を4つの段階で分けてみました。

我々は常識的には平等な個人というものを想定します。
すべての人は平等であり、すべての人は平等な能力を持っているということです。

お金持ちとかお金持ちでない人がいるというのは、親の影響もあるでしょうけれど、基本的には努力をすれば皆お金持ちになれる、努力すれば成功できると思っている、そういう想定で資本主義は動いています。

でも実際は違います。
遺伝子の問題があったりするし、養育環境によって学習の伸び幅は違います。

良い環境に育てば才能は伸びるし、悪い環境で育つと才能は伸ばしにくい。
遺伝子が良ければ才能豊かだし、遺伝子が弱ければ才能があまりよろしくない、ということはもうわかっています。

だから「人は違う」ということですが、これは人の「強い・弱い」の話であって、ニューロダイバーシティという観点を加えると、「質的に違う」という要素があるということです。

LGBTQの人は7~8%いると言われているし、発達障害の人もグレーゾーンを含めれば7~8%います。
境界性パーソナリティ障害や社交不安障害の人はそれぞれ1~2%いるという感じです。

とは言いつつ、どこからが病気でどこからは病気じゃないかというのも、ややこしいラインがあります。
発達障害の人は病気じゃないのか、LGBTQをここに入れるからややこしいのですが、ただそもそもLGBTQも元々精神疾患に分類されていました。今は除外されてます。
ここから生物学的な問題というのは何なのか、病気とは何なのかというのが、もう一個議題にあがるのではないかと思います。

この「病気」というものも、ニューロダイバーシティに組み込んでいいのかというと、やはりちょっと違うんじゃないかなと思います。
別に違わないと言ってもいいのですが、何か本質を逃している感じがします。

うつ病、躁うつ病、統合失調症、アルコール依存、ギャンブル依存、性依存も含み、万引き依存のクレプトマニアも含みます。ここも脳の病気です。脳の変化なんです。
脳の多様性という意味では同じ仲間かもしれないけれど、病的な要素が加わるので、ここもスペクトラムかもしれないけど、やはり線が引けるなと思います。
結構ややこしいです。

・民主主義、税制

こういうことを疑うと、そもそも民主主義、今やっている税制は合っているのか、つまり、平等だということを想定しているから民主主義が成立し、税制も平等であるような形をとっていますが、そもそも才能がある人からは多く税金を取った方がいいんじゃないかとか、そういう話になってきます。
才能ある人は選挙の投票権が多くてもいいんじゃないか、という話になってくるかもしれません。
正確に言うとちょっと違いますが、そういうことも考えがちです。考えることになります。

・福祉、法制度

ニューロダイバーシティの発想をしっかりやれば、福祉や法制度もきちんとする必要があります。
LGBTQの人たちに対して結婚の制度をしっかり想定する。
ASD、ADHDの人たちに対しても教育を受ける権利があるので、彼らの特性に合わせた教育制度をもっと配備した方が良いなど、そういうことが議論として挙がるのかなと思います。

結婚制度はどうして大事かというと、個人の価値観の問題ということもありますが、それ以外に、税制の問題、法律的な問題もあったりします。
生活全般の色々細かい問題もあったりするので、単純に価値観や文化だけの問題でもなく、大事だったりします。

当事者が治療モデルを作り出す

今回の動画は、このニューロダイバーシティという、言葉を覚えてもらえればいいかなと思っているのですが、この話を聞いていて面白いなと思ったのは、SNSで患者さんたちが連携したということです。
ここが面白いなと思いました。

僕は研修医の時から、自分がなぜ医者なのか、なぜ治療者として振る舞うことができるのかと考え続けた一つの根拠が、僕は患者さんからもらった情報を別の患者さんに渡すことができるからだ、と思えたということがありました。

色々な患者さんの話を僕は聞いているので、その話を次の相手に渡すことができる。その仲介役だからこそ、僕は医師でいられたと思っていたのです。
そういう風に自分を捉えていて、自分は中継ポイントみたいな感じだと思っていた時期がありました。

ですが、SNSで患者さんたちが集まることによって中継ポイントが必要ないというか、中継ポイントの重要性というか、そういうものが薄れたなと思いました。

つまり、元々医師中心だったトップダウン的な医療から、医師が中心ではなく、医師はチームの一員なんだというチーム制の医療の形に価値観が変わってきて、もっと当事者、患者さん主体の治療イメージというのが次の10年、20年、100年後かわかりませんが、そういう価値観に移っていくんだなとなんとなく感じました。
インターネットの繋がりによって、そういうことが起きるんだろうなと予感しました。

それはもう一個、現実的にどうしてそういう風に思ったかというのがあって、カウンセリング現場で起きているんです。

セルフケアとか、カウンセリング現場で変化を感じるのです。
もともとカウンセリング理論というのは、どうやったら良くなるのか、どうやったら健康になるのか、というのは健康な人の心をモデルにしているところがあります。

こうやったら自分たちは良くなった、こうやったら悩みが解決した、こうやって心の問題を解決してきた、自分たちの闇を解決した、という健康な人の成功モデルを利用しているところがどこかあるのですが、そもそもニューロダイバーシティの観点に立つと、「質の違い」ということを考慮していないのです。

発達障害の人に向けた治療カウンセリングというものが、発達障害者向けのカウンセリングになっていないということがすごく多いです。

発達障害の人の特性、その感じ方、理解の仕方などを理解した上でカウンセリングを提供しているカウンセラーもたくさんいますが、一方で、その特性を無視して昔ながらのやり方をしているカウンセラーもたくさんいます。
そうすると、やはり伝わりません。
伝わるけれども、何かモヤがかかったような、ガラスのモヤがかかったような感じが起きます。
質の違いを考慮していなかったりするのです。

やはり当事者の人をモデルにしたセルフケアやカウンセリングの手法を考えなければいけないのですが、それは結構難しいです。

それよりも、当事者の感じ方や答えは当事者が作った方が良いことが多いです。
当事者が集まって自分たちの治療モデルを作る、という流れは確かに理にかなっている気がするし、それは今もう起きています。

自助会やインターネットを見ていて思うのですが、当事者の人たちが集まって治療モデルを作っている感覚、生み出そうとしている感覚というのはすごくよくわかります。
そして僕はその流れの中にひっぱられている感覚がすごくあります。

彼らがつくっている内的なモデル、どういう風に考えたらいいんだろうというモデル、こういう価値観を持つと気持ちが落ち着くんじゃないか、こういう世界を捉えるといいんじゃないか、というものがあるわけです。
それがSNS上で生まれつつあるような気がします。

「いやいや、カウンセリングとかセルフケアというのは、価値観とか世界観とかそういう思想的なものを教えるものじゃないよ」と思うかもしれませんが、それは違います。

治療法というものは、カウンセリングにしろセルフケアのやり方にしろ、そこには思想的な要素を絶対に含みます。
含まないと思っているかもしれませんが、それは含まないと自分たちは言っているのです。作っている側は。
精神分析も、マインドフルネスも、認知行動療法も、我々はこういう価値観を含まずにやっているんだと言っているのですが、絶対あるのです。

それは科学というものが思想であるように、数学というものが一つの思想であるように、それぞれの精神療法には必ず価値観や思想が含まれます。
だからこそその当事者が作ってくるこれからの新しい治療法というものが、僕自身も興味があるし、そこにはふさわしい価値観や世界観が提供される得るのかなという気がします。

ただ、生まれたての学問、まだ学問かどうかすら怪しいですが、生まれたてのものはやはり危険も多いです。
僕らも色々な臨床の中でいろんな失敗を先人からから引き継いでいますから、そういうものは提供しつつ、上手く良いとこ取りをして患者さんの役に立つものができたらいいんじゃないかな、と思っています。

今回は、ニューロダイバーシティという言葉およびニューロダイバーシティ運動について解説しました。
脳の違いというのはこうあるんだよということを聞いただけでも結構ビックリするとか、常識が崩れるような感覚を持った人は多いんじゃないかなと思います。


2022.9.5

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