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同意なき性行為を繰り返してしまう人の治療:ケーススタディ

00:00 OP
03:09 ケース紹介(創作)
08:25 自我・超自我・リビドー
13:58 何が問題だったのか
17:10 病名より大事なこと

本日は「同意なき性行為」というテーマで創作のケーススタディをやってみようと思います。

臨床の中ではしばしばこういう人、つまり断れない人、男性から性行為を頼まれた時に断れない人はいるんですね。
断れなくて、自分をどんどん責めてしまってうつっぽくなってしまうとか、苦しくなってしまう人はたくさんいます。
恥ずかしくて誰にも相談できないし、相談しても「あんたが悪い」とか「嫌なら嫌と言えばいいのに」と言われてどうしたらいいのかわからなくなってしまう。
だから相談できない。そういう人もいます。

断れないから困っているのに、断りなさいよと言われてしまうパターンはあります。
それで実際、精神科に行っていいのかどうかもわからないとか、精神科に行っても「それは精神科の問題じゃないよ」「あなたの問題だよ」「性格の問題だ」とかひどいことを言われたりするんですね。
もしくは精神科じゃなくてもカウンセリングに行ったら、右から左に流されてしまうことも珍しくないのかなと思います。

僕も昔はよくわからなかったというか、医者になりたての頃はこういうケースをどう扱ったらいいのかはよくわかっていなかったんですよね。
でも、性依存症や発達障害の理解が深まっていく中で、こういう人たちがいて、こういう治療していけばいいというのがわかってきた。

時代の変化もありますよね。
精神科医が果たす役割が少しずつ変化してきて、そういう中で昔のように統合失調症を診ていくこと、統合失調症を中心としたうつ病、躁うつ病の人、いわゆる内因性疾患と呼ばれる人たち、ある種狂気のある世界、そういう妄想に支配された人たちをしっかり治療していく。
そして、彼らの人権をしっかり訴えていくというあり方から、今日の精神科医の役割が少し変わってきているし、多様化していますので、こういうケースというのも珍しくないかなという感じがします。
最近、こういうケースも増えてきたなと思いますね。

ケース紹介(創作)

Aさんは、地方出身の女性です。20代の大学院生です。
父親は単身赴任をしていて、専業主婦の母親と3つ上の兄とAさんの3人で暮らしていた。

結構貧しい家だったんですよね。だから、地方なんだけれども子供部屋が一つしかなかった。
思春期も3つ上の兄と一緒に過ごさなければいけなかった。
母親は兄を甘やかすというか、この二人がコンビの家なんですよね。母親と兄がカップルのようになっちゃっている。
兄が反抗期で母親と喧嘩したり、母親は父親がいないので男手が必要で兄に頼ってしまう。ここがカップリングになっていて、すごく気まずい感じ。
母親に相談したりとかしにくい。
思春期の時もなかなか母親と会話が少なかったというケースです。

兄が母親の愛情とか、母親のエネルギー、時間を吸い取っていたという感じで、結構自己中心的というか。
年ごろの男の子なのでそうと言えばそうなんですけれど、自分勝手にやっている。
子供部屋で妹と二人でいるのに自分のHな本や漫画とか、自分が自慰行為するためのものとかを隠してるんだけど、隠しきれてない。
そういうところに一緒にいることが結構苦痛なんだけれども、それも言えなかったという感じです。

その時からこういうことが始まっていたということですね。
そういう中で、彼女の癒しは何だったのかというと、一人で本を読んだり、勉強することだったということです。
地方から東京に出てきて、地方の中でもちょっと貧しい感じだったんですよね。
だから東京へ出てくるのも大変でした。自分で稼がなきゃいけなかった。
学費を工面するのも大変だったりして、でも何とか一人暮らしをやって落ち着いてきたA子さんでした。

勉強が好きなので、大学院まで行くのですが、その大学院の先輩の人に教えを請う。
その男性から、まあ、セクハラですね。アルハラというかセクハラですよね。
一緒に長くいるからちょっと恋心があったんだけど、デートとか断ってたんですね。そうすると、今度は最終的に、自分と性行為をしてくれないならもうあなたの相談に乗らないよ、みたいな形で脅されちゃうんですよね。

彼女からは脅されているような感じがする。でも、彼から見たらホモソーシャルな冗談なんですよね。
つまり男同士の部室の中でやるようなふざけたトーク。冗談だと思っているんですね。
だけど、彼女にとっては耐えられないんですよ。

こういうある種特殊なところで育っているから、普通の女の子だったらあり得ないところを、男性同士の小汚い部室のエロトークの中にいても、こういうものなのかなと笑って過ごしていて、そして最終的にはこういう相談をされてしまう。
でも断れなくて同意してしまうという感じです。

以前にもやはり男性から迫られたりすると断れなかったり、若いうちに一人暮らしを始めたので、デートとか男女の機微がわからない時にそのまま性行為につながってしまうことを繰り返している。
そういう人なんですよね。

「なんで私は断れないんだろう」「私は何なんだろう」「ダメな人なのではないか」「それとも淫らな人間なのか」「私は汚らわしい人間なんじゃないか」とか、そういう風に思って悩んでいる。
そしてうつっぽくなってきて、精神科を受診するというケースです。

周りの人から悪口を言われてるんじゃないかと思ったりしているということですね。
実際こういうタイプでサークルクラッシャーだとか言われちゃうこともあるんですね。
でも、本人はそういう自覚がなくて、あざといとかそういう計算をしてるとかではなくて、ただなんか振り回されていて困惑してるんだけども、「あの子はカワイコぶっている」とか言われて嫌われてしまう。
同性からも嫌われてしまうみたいなこともあったりします。

自我・超自我・リビドー

彼女の中には、心の中の問題としてどういうことがあるのかと言うと、精神分析でよく使う三すくみです。
自我、超自我、リビドーでAさんの心を表現しようと思うんですけれど、そもそもこの三すくみを知らない人もいると思うので、簡単に説明します。

人間の心というのは、この3つの機能から成り立っているのではないか、この3つの機能で描写してみよう、スケッチしてみようというのが、精神分析の心の見立てというか、心の構造論なんです。
3つとは、自我・超自我・リビドーなんですよね。

超自我というのは何かというと、「こうすべきである」という、一神教の父性的な教えです。
社会の常識だったり、親のしつけだったり、内的な正義感とかそういうものです。
こうすべきなんだということが、心の中にあるようなものです。

リビドーというのは、本能的なものです。
本能的な欲望や突き動かされるもの、性欲、睡眠欲、食欲、そういう内的な突き動かされるエネルギーのようなもの。

こうすべきであるという社会からの重圧、教え、常識、知識の力と、このリビドーという内から来る本能的なもの。この2つの衝突から人間の心は成り立つのですが、そこを調整するのが自我と呼ばれるものなんですよね。
我々の理性であったり、意識だったりする。正確にはちょっと違いますけどね。
この三つ巴があって、自我は両者をうまく調整している。

彼女の自我はこの2つに困惑してるんですけども、リビドーですね。
自分がこうしたいんだ、こうやりたいんだ、嫌なことは嫌と言いたいというのが弱かったりします。
だから主体性というのが育っていなかったり、生理的な不快感に対する拒絶、生理的に嫌なんだけどそこがもうぐちゃぐちゃになっちゃっているんだよね。

こういう環境、抑圧されたところで育っているから、自分の中にある内的な嫌と言いたい気持ちが抑圧されている。
何となく嫌だみたいな生理的に嫌だみたいなものがすごく抑え込められていて。

一方でこうすべきだという超自我もなんだかいびつなんですよね。
地方のローカル的なものとシティ的な要素がすごく反発し合っている。
超自我もすごく分裂しているような状態。
地方では、女なんか勉強するもんじゃないとか出世するもんじゃないとか、そこまでしてなんで勉強したいの?汗水垂らしてまでなんで働きたいの?とかそういうのがあったりするんですよね。
すごく昔の価値観みたいな。

母親にとっては女性というのはこうあるべきだというモデルがあって、家の中にいる、男の人に愛された方がいい。
力が強い男性、権力がある男性、お金を稼げる男性に愛されていることが幸せであって、自分から汗水流して働くというのは女としてみっともないみたいなものがあったりする。

いかに綺麗か、いかにモテているのか、いかに綺麗な洋服を着るのか、そういうところに関心が強かったりするんですよね。おしゃれとかね。
そういうものと、一方で女性とはこうあるべきなんだ、新しく自立した女性になっていくべきなんだ、女性は男性と対等にしっかり働くべきなんだという、自立した女性のこの2つのべき論が奇妙に戦い合っていて、うまく機能していない。

母親が、愛されたい、愛される人になりたい、認められていたい、認められることが幸せなんだみたいな母親のある意味受け身的なものを引き継ぎつつ、でも一方では社会の中で個としてありたい、対等でいかなければいけない。
これが妙にミックスして、同意なき性行為なんだけれども、それは自分が同意していたということに変わってしまうんですよね。

本当は嫌なんだけど、自分は受動的なんだけれども、途中で変換してしまうんですよ。
いやいや、自分が望んでやったんだ。
なぜなら、対等だからみたいな形で、自分がやった行為を奇妙に解釈してしまい、後付けしてしまい、そしてその結果、自分を責める。
自分はこういうことに同意してしまったんだと。
本当は同意なき性行為で、自分は被害者なんだけども、被害者でなくて自分は加害者になってしまう。
自分に対する自分の加害者になってしまうみたいな感じですよね。
超自我に傷付けられているというような状況になってしまいます。

何が問題だったのか

彼女に対して何が必要なのかということですよね。そういう状況の彼女に対して。
このケースを聞いていて、皆さんが思うように、安全な場所での成長というのが必要だったと思います。

こういう兄と一緒の部屋にいるというのはやはり良いものではないし、兄に対してしっかり母親が教育するとか、母親が彼女をかばってあげるとか。
兄の一人部屋にして、母親とAさんが一緒の部屋にするとか、工夫の余地は色々あったと思いますよね。

だけど母親はどちらかというとお兄ちゃんびいきで、それができていなかった。
父親も単身赴任だったから見えていなかったとか、介入できていなかったとか、いろいろな問題があるのかなとは思います。

あとは、変化する時代と価値観の問題ですよね。
昔の価値観では良かったのかもしれないですよね、ある意味。だけど現代的では全然ないということですよね。
過去の正解と現代の正解は違うので、どういう風に正解を見いだしていくのか、正解を自分の中に作っていくのか。

宗教なき時代ですよね。宗教なき時代に今までだったら神様が決めてくれていた、宗教が定めてくれていた人生の正解を、どう自分の中で見つけていくのか、折り合いを見つけていくのか。

お金を稼ぐこと、お金を人より持つことを正解と思っていた時もありますよ。
ちょっと古い時ね、だけど現代はそうじゃないので、その中でどういう風に自分の価値観を確立していくのかはとても重要です。

でも一方で、そういう風に自分の価値観やストーリーを作っていこうという人たちがどれくらいいるのかということですよね。

周りにどれくらいいるのかというと、Aさんの周りにはあまりいなかったんですよね。
周囲の人たちは、大学院にいるといっても、なんとなく学位を取れればいいやとか、なんとなく研究楽しいんだとか、そういう水準で、自分の人生をどう生きたいのかとか、そういう魂の水準では知的ではなかったりとか、教育不十分だったり、教養不十分だったり、未熟だったりしますね。

まだ若いから未熟でもいいんですけども、そういう中で何となく性行為とかそういうものが生きがいになったり、ガス抜きになったり、ストレス解消になったりしてやっている。
だから周囲の動物化が起きている。
そして仲間も不在。
彼女の周りにも自分がどう生きるのかということを一緒に考えてくれるような、一緒に考えたいと思うような女性が不在だったり、そういうことを議論する場がなかったり、議論することが阻まれてたりすることもあったりします。
打ち明けにくいしね。そういうのがあるのかな。

だからすごく孤独で苦しい思いをしているという感じです。
そういう中で、また同じような失敗を繰り返すってことがあったりする。

病名より大事なこと

こういう場合に、私はうつ病でしょうか、発達障害でしょうか、ASDの受動型でしょうか、性依存症ですかとか、病名を求めてくることもありますけど、治療として大事なことは病名をつけることじゃなくて、まずその人の内面というか、どういうことが起きているのかとか、どういうことを考えているのか、ということですよね。

つまり、この安全な場所での成長というのを診察室でどう再現するのかが重要なのかなと思いますね。
話を聞いて、遊びに来ていいよとか、2週に一回とか月に一回でもいいからちょっと顔を見せに来てねとか言ったりします。

診断名にこだわらずそういうことをしながら、ちょっと繋いで本人の心がどう変わっていくのか、どういう風に自分の心を描写していくのかを待ったりします。
こういうケースは結構ありますけど、1ヶ月、2ヶ月で来なくなることも多いですね。

数回来ただけで良くなるのか、がっかりするのか、ある程度見立てがつくのかわからないですが、たった数回でも結構良い診療ができることもあるんだろうなと思います。

こういうことを一回喋ってみるとか、こういう風に考えているとか、こういう風に精神科医は考えるんだということを話したりとか、ちょっと補助線を引いてあげるだけでスススと進むこともあったりする。
逆にその補助線1本がないからすごく苦しんでいることもあるので、こういう臨床もやったりしていますね。

ちょっと嫌だなということもあります、思いますけどね。
でも、賢い女性ですからね、Aさんも。そうなんだなと思いながら、自分の足で歩くことを覚えていったりとかしますね。

今回は、同意無き性行為、というテーマでお話ししました。


2023.8.15

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