益:はい、じゃあ行きます。「主観2.0」ですね。
第Ⅰ部セルフモニタリング編の第2章「主観2.0」の話です。
池:はい。
益:精神科医って患者さんの話を聞くんですよね。患者さんの、まあ何て言うのかな、患者さんが感じている世界とか、今感じていることを聞くんですよ。
これを僕らはですね、客観的な情報に置き換えるんですよね。
「気持ちが落ち込んでて元気でなくて」って言ったら「うつ症状だな」と。こういうことを言って、客観的なデータから最適な行動をとるように促すということを臨床はやっている。
認知行動療法も実はそうで。
もともとたぶん認知行動療法って道具主義から来ているんですよ、アメリカの。
プラグマティズムから来ていて、そういう主観的なことから科学的に考えましょうよ、そしてやるべきことをやりましょうよという道具主義からたぶん流れが来ているんですけど、あと精神分析と合わせて。
その2つの流れから来ているんですけど、まあこうぐちゃぐちゃっとしている主観的な情報から客観的にやっていくっていうことが、精神科とか心の悩みを解決するときに有効で、こういうことをやりましょうっていうのがベースなんですね。
哲学とか科学のことをやっている人とかは常識と言えば常識なんですけど、僕らってあるがままの世界を見ているわけじゃないですよね。
バイアスに支配されたものを見ているじゃないですか。
だからすごく主観的にしか世界を捉えていなくて、客観的に捉えられていないんですよ。
主観的だからこそ混乱していることが多かったりするんですよね。
よくコップの水に例えるんですけど、このコップの水を「これだけしかない」と思うのか、「こんなにもあるか」と思うかによって人生違うって言ったりするじゃないですか。
どっちがいいと思います?ちなみに。
池:え!どっちが良いんでしょうかね。
でも、なんか精神的にはまだこれぐらいあると思った方が何か満たされる。
益:これがね、よくある誤解なんですよ。
池:ははは。
益:精神科の患者さんとか皆さんって、ネガティブに考えなくてポジティブに考えた方がいいから、コップの水はこれしかないと思うんじゃなくて、こんなにあると思った方がいいって思うんですよね。
だからそういう風に思うように自分を洗脳していかなきゃいけないとか、そういう風に思うように益田も促してくれよ、みたいな言い方をするんだけれども、これって違って。
水は水なので、150ccなら150ccと知ろうよっていうことなんですよ。
ネガティブからポジティブに切り替えようというのは、その瞬間瞬間は良いんですけれども、やっぱり長続きしないんですよね。
患者さんが苦しんでいるのは思い違いでもなくて本当に苦しいわけだし、家族が問題ある、理解してくれてないってのは、「いや、家族だって親なんだからね、いいとこあるよ」とかじゃなくて、いいところもあるけど悪いところもいっぱいあるわけだから、それってあんまりうまくいかないんですよね、ポジティブなところだけ見せても。
もちろん最初から客観的なことだけ押し付けると、子供に性教育を押し付けるみたいな形でただただ残酷な一面を見せるだけで傷つけるだけになっちゃうんだけれども。
でもあくまでやっぱり水は150ccなんだって。150ccだからこうしようって思えるように客観的な状態へ持っていくっていうのが治療だったりしますね。
この結果、いろいろ自分の中の認知の歪みみたいなのがあるんですよ。
歪みだったり、誤解だったり、そういうのを少しずつ治して客観的に知ることによってバージョンを変えていくって感じなんですね。
1.1から1.2、1.3、1.32とか本当に少しずつしか変化していかないんですよね。
でもあるときポンと価値観が変わる瞬間が来るっていうのがありますね。
そういう変化の流れを2.0と言ったりします。
この時にはもともと性格がネガティブな人はネガティブなままなんだけども、ネガティブ過ぎず客観寄り。
だから「水はこれしかない」じゃなくて、「150ccしかないな」みたいな。
ポジティブな人は「こんなにあるのに」って言ってるけど、そうじゃなくて「150ccもあるな」みたいな感じなんだけども。
ベースはこういう客観的なデータが入った上で理解して行動できるっていうのを目指すっていう感じですね。
抵抗する
じゃあまあそうなんだなと思うかもしれないですけれども、患者さんってそのまますんなりいかないんですよ。
池:はい。
益:やっぱり抵抗があるんですよね。抵抗するんですよ。
それは意識的なものもあるし、無意識的なものもあるんです。真実を知りたくないんですよね。
そうですよね、最近体調悪いなと思って病院に行ってあなた胃ガンですよ、余命○年とは言わないかもしれないけれど、胃がんだから手術しなきゃいけないし、手術後は術後回復、リハビリのために入院しなきゃいけないので、今の仕事はとりあえず1年2年休んでくださいとか。
すんなりはいそうですか、客観的です、わかって良かったですってならないですよね、みんな。
「ええ!」ってなるじゃないですか。葛藤が起きるんですよ。
これはもう臨床的には明らかですね。
代表的な葛藤は何かっていうと、一つは「否認」ですよね。
「いや、そんなわけないだろう」みたいな。
「お前がやぶ医者なんだろう」みたいな否認だったり。
直接的に言うかどうかは別ですよ。
「いやでも先生のことを信頼してるんだけど、セカンドオピニオンで」みたいな。
あとは悲しんじゃう「悲哀」ですね。
悲しくなって思考停止になる。
あと「怒り」ですよね。
「何で自分が」みたいな。何で自分がこんなになっちゃったんだ。
あと「取引」ですよね。
「これからいいことするので救ってください」とか、「サプリメントを買うんで、高額な壺買うんで、自分はがんが治ると言ってください」とか、「験担ぎで先生は馬鹿にするかもしれないですけど、験担ぎを買っちゃいました」とか、「10万円する壷買っちゃったんですよ」「このストーンこれは効かないと思ってるんですけど買っちゃったんですよね。病気が早く治るように」「自分は買わなくても、家族が買ってくれたんですよね」とか、いろいろなパターンありますけど、こういう葛藤があるんですよね。
こういう否認とかがあって、その上で「いや、でもあなたはこういう風に思っているんですね」って一個一個感情を解釈してあげると、その抵抗が取れたりしますね。
あとはもっと難しい形では、無意識の抵抗みたいなのもあって。
いろんなパターンがありますね。
「酸っぱいブドウ」のように、「このブドウは価値がないんだ」と思うことで、自分を慰める否認みたいなものはあるし、いろんなパターンはありますけどね。
転移解釈
そういうのを経ることもあるし、あとはもうちょっと細かく言うと、精神分析の世界だと「転移解釈をすることによってしか抵抗は取れない」みたいな言い方をするんですね。
池:はい。
益:つまりこれは子育てとかでもよく起きるんですけれども、最初のうちは自分のこととか、自分の問題に関心があるんだけども、次第に関心が相手に移るんですよ。
最初は勉強できないなって思って、自分のことを責めているんだけど、だんだん何で親は勉強しろって言うんだよって言って、問題の行き先が変わるんですね。
池:なるほど。
益:何となくこうフラストレーションがたまったりとか、もしくは親に比べて自分は勉強ができなくてダメだと思ったりして自分を責めているんですけれども。
その時期を経た後に、相手に関心が移り、その後に怒りに転じることが多いですよね。
池:はい。
益:まあ多くは怒り。怒りじゃないパターンもありますけど。
それは無意識の怒りであって、自分の中にあるフラストレーションを相手がそのフラストレーションの権化になるというか、シンボルになるんですよ。
そこでの人間関係を仲直りをすることによって、諦めと感謝が生まれて成長するみたいなことなんですね。
これを「あなたはこう思ってますね」っていうこの時の流れを解釈するのを転移解釈って言って、その転移解釈をもって自分の内的に起きていることを現実の人間関係に反映させて、その人間関係を解決することで内側の問題を解決するってことが起きるんですよ。
これが精神分析でやろうとしていることで、高等テクニックなんですけど。
でも実際はね、健康な人ではできるんだけれども、やっぱり病的な人とか発達障害がある人はここまでメタ認知が効かないんでうまくいかないんですけど。
でもこれが精神分析の一つの考えであり。
まあでもよく起きるんですよね。親子関係でも部活とか職場でも起きますよね。
何て言うのかな、上司との葛藤があるんだけれども、その上司と仲直りすることによって問題が解決するみたいな。
よく小説とか映画でもあるじゃないですか。
だから人間の中でよく起きることなんですけれども、それを意図的に診察室の中で起こそうとすると、精神分析の世界になるという感じですね。これは起きてしまうということになります。
そうすると、抵抗が取れて次に移れると。
でもこれで終わりではなくてですね、また主観(歪み)に戻って、またどんどんまたこれを繰り返すということなので、まあ治療って終わりがないよということなんですけど。
でもこういう終わりがない循環を繰り返すことで成熟していって、ストレスが減るよということですね。
客観的に考えることができるとストレスって減るんですよね、ということが「主観2.0」だったりしますね。で、臨床でやっていることだったりします。
池:主観2.0に移行するのは、もうこれはケースごとに違うと思うんですけど、やっぱりそれなりに時間がかかるものですか?
益:時間がかかりますね。だからもうトラウマがひどい人は5年10年とか普通だし。
小さい変化も起きつつ大きな波もあったりとか、あくまで概念的なので、こういう直線上で起きることでもないし、細かく変化していったりとかしていきますけどね。
これを知っているかどうかで結構違うと思うんですよね。
福祉の人とかはこういうことが起きた時に止まっちゃうんですよね。怒りをぶつけられた時に、治療者側も怯えちゃって、相手の怒りに負けて謝ったりとかして、諦めさせられないというか。
このフェーズを抜けられなくて挫折しちゃって、相手をスポイルしちゃうというか、甘やかしちゃうことになるんですけど。
ここはぐっとこらえて。親もそうじゃないですか、子育てのしつけとして。
おもちゃを買ってといって泣き叫んでいるんだけど、本当におもちゃを買っちゃったら成長しないんで、そこはぐっとこらえるとやっぱり成長するという。
でも、その時のために信頼感を作っておくことが大事だったりしますけど。
あと治療者側がちゃんと軸があるとか、そういうのが大事だったりしますね。
今回は主観2.0の話をしました。
ということで終わります。ありがとうございました。
メンタルヘルス大全
2023.11.4