今日は「褒めることのない精神科医」というテーマでお話しします。
ある人と喋っていて「精神科医は『嫌な奴』というイメージがあるんだなと」思うことがあり、それはどういうことなのか悶々と考えていました。
嫌な奴というのはどんな人かを考えてみると、褒めない人、言われたくないことばかり言ってくる人は嫌な奴ですよね。
精神科医は見事にそれに当てはまります。人のことを褒めないし、短所ばかり突いてきます。
ですが、治療の構造上、役割上、仕方ない部分もあります。
そういうものなのだということを共有すれば、仮にドクターの第一印象が良くなくても、職業柄そうなってしまっている、嫌な奴を演じていたのだということを理解してもらえるかもしれません。
また、そこに気づくと「そういうことだったんだな」と誤解が解けるのではないかと思いましたので動画にしてみます。
以下に、僕が考える精神科が嫌な奴に見える理由を挙げてみました。
コンテンツ
相手の「短所」しか知らない
精神科医がなかなか褒めることがないのは、相手の「短所」しか知らないからというのが1つです。
当たり前ですが、精神科に来て自分の自慢話や成功談を語る人はいません。
自分はこんなところが嫌だ、こんなところがダメだ、失敗してしまったということを告白しにくる場であり、僕らはそれを聞いてどうしたら良いかをアドバイスします。
僕らは基本的には患者さんの悪いところしか知らず、長所を見つけるタイミングが少ないです。
プライベートな付き合いでしたら良いところも見つけて言えるのですが、こと患者さんとなると難しいです。会話の表面的なところや身なりを褒めても白々しいですし、嘘くさくなります。
ただ、入院中、デイケア、ワークショップなどでは患者さんの意外な面が見え、良いところを見つけやすくなります。そのような時は後の外来で言えたりします。
会話に制限時間がある
決まった時間の中で会話をしている上に、その時間は5分+αです。
それでは嫌な奴になるだろうなと思います。
お笑い芸人や漫才師の人は短い時間でさも会話が盛り上がったかのように見せることができますが、それは技術があるからであり、台本があって練習しているからであり、実際の会話で、ましてや悩みを扱う場で制限時間があると難しいなと思います。
「無意識」?を扱う
相手の突かれたくないところを言う、自分では気づいていない弱点、嫌なところを指摘されます。
自分の弱さを知ることが治療になっていくのですが、言われたら単純に嫌ですよね。
友人、家族らが苦戦してきたテーマを扱う
その会話をしたら破綻、悪い方に行くというテーマを扱います。つい避けるテーマを積極的に扱うので嫌な奴になってしまうし、聞いてくれてありがたいと思う反面、嫌な思いをしたなという気分になってしまいます。
結論(アドバイス)に達した過程が?
ドクターがどうしてそのアドバイスに到達したかという「過程」が見えてこない、というのも理由の1つかと思います。
僕らは患者さんにとってこれが最適であろうという言葉を選んで伝えます。
うまくやれていないこともありますし、そもそも自分自身会話が下手というのはありますが、患者さんにはなかなかその過程が見えてきません。
ただ、この過程をきちんと説明しようとすると、ロジカルすぎる上に長くなりすぎてしまい、哲学書みたいなところに到達してしまいますし、自分が体感的に学んできたことなのだというとすごくスピリチュアルな話になってきてしまい、科学的でない、理論がないような話になってしまいます。
でも実際は思考の過程があり、ロジカルに場合分けをしながら「この人に必要なもの」を考えて話しています。でもその過程までは伝えられないので嫌な奴だと思われているのではないかと思います。
いろいろ話しましたが、今後もYouTubeをやりながら、どのような思いでやっているのか、どのような思いでその人にこのことを伝えるべきだと思ったのかというのは、できるだけ言語化していきたいと思っています。
また、そういったことを書かれている偉い先生や専門家の方もいらっしゃるので、引用という形で噛み砕きながらお伝えしていきたいと思います。
僕らは患者さんを褒めないですし、嫌なところを指摘するのですが、本当に嫌な奴ではないということが今回の動画で伝わればと思います。
精神科臨床を哲学してみた
2021.8.2