今日は、精神科医の会話術第5弾「伝える」について解説します。
「精神科医の会話術」の第1弾は概論という形で、5つに分けた会話術をざっくりお話ししました。
5つの要素は「準備」「自己理解」「聴く」「伝える」「他者理解」です。
第2弾に「準備編」、第3弾に「自己理解編」、第4弾に「聴く技術」と解説し、今回は第5弾の「伝える技術」の解説です。次回の「他者理解編」をもってこのシリーズはひとまず終わりとなります。
「伝える」ということはすごく重要です。
僕らが持っている知識、僕らが相手に伝えてあげたいことをきちんと伝えることが大切です。
伝える時にどのような技術が必要か、どこが大事なのか、どこに注目すべきか。「基本」の話をした後に、精神科医ならではの視点として「相手にあわせる技術」を解説します。
伝えるための「基本」
なぜ僕らは知識を伝えるのでしょうか。
それは「考える手間を省く」ためです。
・「無知だが賢い」
相手は無知です。無知ですが、賢いです。
ですから、僕らと同じくらい、あるいははるかに知性が上だと仮定して話していくことが基本です。相手は知識はないかもしれないけれど賢いので、きちんと知識を補いながら伝える必要があります。
逆に言えば、相手に時間が無限にあるのであれば、僕らと同じような学習をして同じところまで理解があるはずです。一万年くらい生きるのであれば、別に僕から聞かなくても医学部の勉強をし直して「今の悩みはこうだったんだ」と思うことができますが、人間には時間に限りがあるのでそのようなことはできません。
だからこそ、その手間を省くのです。ただそれだけのことです。
僕ら治療者はそれほど優秀ではないというか、医師は特別ではなく、ちっぽけな存在なのだけれど、しかし、手間を省くことはしてあげられます。相手の推理の先を教えてあげるというのが、親切でもあり協力ではないかと思います。
・巨人の肩にのる
「巨人の肩にのる」という言い方もします。
科学というのはこれまでに積み上げられてきた知識の上に成り立っているので、「巨人の肩にのる」と言われたりします。まさにそういうことなのではないかと思います。
患者さんが今悩んでいることは、今まで色々な人が考えてきた歴史があります。これは精神医学に限りません。人間の心や悩みを解決しようとしてきた人たちは多くいます。
これらの古今東西の知識を集めて自分なりのアレンジを少し加えて、今目の前にいる患者さんたちが困っていることの手助けになれば良いのではないかと思います。
無知だが賢い。そして手間を省くというのが基本のスタンスだと思います。
また、専門用語を使わないということが重要です。
基本的には相手は何も知らないという前提で喋った方が良いので、医学用語や難しい専門用語は使わないようにします。
僕も、「心の病気というのは脳の病気です。脳の病気だから薬が必要です」とそこから話しています。
このように話した方がスッと入るので、大事なことだと思います。
・目的<手段
伝えること自体は目的ではなく「手段」です。
知識を身につけてもらうために説明をしているのではなく、患者さんに安心してもらうために伝えています。
患者さんは安心したいのです。
安心して治療を受けたいので、僕らは病気の説明をしています。きちんと薬を理解して飲んでもらうために、説明しています。
医学知識をつけたいからではありません。あくまで手段です。
ですから、その手段を達成できるのであれば、伝える時間に割くよりも聞く時間に充てた方が絶対に良いです。
・想い、ライブ
生身で話しているので、想いやライブ感を重視した方が良いと思います。
きちんと共感をすることもそうですし、演説的な要素も大事です。演説的な要素というと、オバマ大統領の「Me We Now(Self Us Now)」というものがありました。我々はこうすべき、自分はこのようなことを思っている、今これをすべき、これをきちんと伝えるということです。
このように、相手の目線に立って同じ思いを伝え、自分の思いも伝え、一緒に頑張っていくという姿勢を見せることが非常に重要です。
つい医師は格好つけたくなりますし、不安なので医学的な形だけのやりとりに終始し、患者さんとの距離を取り、病名だけ伝えれば自分の仕事は終わると防衛線を張りたくなってしまいますが、そうではなくやはり「入り込む」技術も大事かと思います。
プレゼンであれば好かれる努力をしなさいと言われますが、好かれる努力でなくとも「信頼」されるような話し方をすべきだと思いますし、信頼される人間になるべきだと思います。
相手はこちらを見ていますから、技術で人を騙すことはできません。
僕らが相手を見ている以上に、患者さんは僕らのことを見ようとしています。日ごろの行いが出たりしますから、やはり信頼される人間になることがすごく重要だと思います。
別に特別なことをする必要はありません。
ですが、嘘をつかない、自分のお金儲けのために人を利用しないなど、基本的なことです。
多少の嘘やちょっとしたお金儲けならば患者さんもそれほど怒ったりはしないと思いますが(先生も人間だからね、と言われます)、「治らなければ治療代を稼げる」というようなことは良くありません。
普通に医者の仕事をしていれば信頼されると思います。
・ロジカル
「うーん」とか「あー」とか言わずにリズム良く端的にロジカルに伝えていく、論理構造が見える形で伝えていきます。
・シンプル
伝えるべき内容は、コンパクトにシンプルにまとめます。
いっぺんにいくつものことは覚えられないので、1回の診察で伝えるべきことは3つ以内に収めるのが良いと思います。
他にもたくさん伝えたいことがあると思いますが、できるだけ3つくらいに絞るようにします。
・資料の準備
患者さんにきちんと想いが伝わっていれば、患者さんは家に帰ってから自分で調べます。
そのため調べられるような資料の準備をしておきます。自分で用意できていないのであれば、「こういうところを見たらどう?」と提示できるようにしておいた方が良いと思います。
厚労省のホームページなど、良いテキストがたくさんあります。
また、資料は紙で渡すよりもスマホの中で検索できるようにしておくことが重要です。
・より濃い話を求めている
伝えることよりも聞くことの方が重要だと言いましたが、とは言っても精神科医は伝えられていません。
患者さんに精神医学のことをほとんど伝えられていないと思いますし、病気のことを説明しきれているドクターはおそらくいないと思います。
だからこそ僕のYouTubeは伸びているし、見られているのだと思います。
多くの場合、説明責任を十分に果たせているとは言えないと思います。もちろん、最低限のところはしていると思いますが、もう少し濃い話を皆さん求めているのではないでしょうか。
相手にあわせる
ここまでは一般的なプレゼンのノウハウと同じですが、精神科医ならではというと「相手にあわせる」技術があります。
これは普通の会話でも同じだと思います。
相手にあわせながらスピードの強弱をつけたり、伝える内容を変えていくことは大切です。
・利害関係、目的、興味
どのような目的か、どのようなことに興味があるのか、そもそも利害関係はどうなっているのかを意識するようにします。
相手の興味がないことや、相手が聞いても仕方のないことを話題に選ぶのは良くありません。
・能力:視点を変える、想像力、しなやかさetc.
相手はどれくらいの能力があるかというのも考えなくてはいけません。
視点を変えていく能力、自分の立場だけではなく相手の立場に立てるのか。自閉傾向があったりするとそのようなことが難しいことがあります。
想像力はどれくらいあるのか。
うつや不安がひどい時は、想像力が乏しくなります。考えにくくなるということです。
想像するにしても悲観的なことばかり考えてしまうので、相手の想像力に期待せずにきちんと説明するようにします。
白黒思考になり、視野が狭くなってしまっていることもあります。しなやかさがありません。
依存症の人で否認が強くなっていることもあるので、それを考慮する必要もあります。
また、精神科の患者さんとの会話は普通の人との会話と全然違いますので、そこは検討し続けます。普段喋っているようなやり方をするとうまくいきません 。
ただ、精神科の患者さんのみならず、普通の会話をしていても皆さん能力が意外と違います。
「自分だったらわかるのに」「僕だったらこうする」というのは意味がないので、相手にあわせてやっていくようにします。
・経験素材:年齢、学歴、職歴etc.
相手は自分と同じ経験も学習もしてきていないので、そもそも「あなた」の意見を言っても伝わらないことがあります。
相手の年齢や学歴(これまで学んできたこと、人文系は理解しているのか、理工系はどうなのか、生物化学はどうなのか)、職歴(どのような環境にいたのか、転職は多いのか)などを踏まえ、相手がどのようなことを経験しているのか、知識として身につけているのかを理解しながら喋る必要があります。
やはり経験していないことは分かりません。
離婚したことのない人が、初めての離婚で悩んでいる時は考慮しなければいけません。2回目、3回目の離婚であれば、一度は克服しているのだなと思いながら喋ります。
20代ではわからない、まだ経験していないこともたくさんあります。
初めての失恋での深い絶望感や抑うつ気分は、大人から見れば「たかが」と思うかもしれませんが、本人の気持ち、考え、経験を踏まえて判断することが大事です。
・どのように相手にあわせる?
どのように相手にあわせれば良いかというと、これはかなり難しいです。
基本的には相手の表情から読み取ろうとするのですが、精神科の患者さんはやはり難しいです。
長い間、僕自身が発達障害っぽいから相手の表情をきちんと読み取れていないのかと思っていましたが、そういうことではないようです。
患者さんはこれまでにいろいろな嫌な思いをしてきていますが、それがばれてはいけない、ばれたくないと思い、独特の演技というか対処法を身につけています。ですから、普通に表情を読んでいてはうまくいきません。
そこを考慮したり、この固さは何なのだろうと思いながらやらないと読み取れないのです。
特に、虐待を受けていた人は心の傷を隠すのがとてもうまいです。
すごく元気よく喋って「全然問題ないです」と言ったりしますが、そんなことはありません。本当はすごく傷ついています。
治療者は話の内容からだけでは理解できずに、声のトーンや表情から「思ったほど落ち込んでいないから大丈夫かな」と思いがちです。ですが、虐待を受けていた人の場合はそれを考慮し、表情にだまされずに起きた出来事や患者さんが体験してきた出来事でトラウマを評価しなければなりません。
言動もそうで、言動からだけでは評価しにくいので難しいと思います。
患者さんの今の状態だけで決めつけてはならず、カルテでこれまでの経過を見ながら相手の心理状況をきちんと想像することが重要です。
今喋り口が柔らかいからとか、表情が明るいからというだけで大丈夫と判断するのは良くありません。
逆に落ち込んでいる時の方が分かりやすいです。
今回は精神科医の会話術ということで、伝え方の基本と相手にあわせる技術、相手にあわせる上でどのようなことを考慮しなければいけないのかを解説しました。
とても難しい技術ですが、意識していれば少しずつうまくなっていくのではないかと思います。
精神科医の会話術
2021.11.1