今日は「学力と精神疾患」というテーマでお話しします。
ちょっと刺激的なテーマですが、統計学的にしっかり教育を受けたことのある人とない人によって、精神疾患の発症のしやすさや治りやすさが違うということがわかっています。
ただ、単純に学歴といっても、学歴のどのような要素が精神疾患の治りやすさや発症のしやすさに影響を与えているかまではわかっていません。
例えば、学校に行けるという家庭環境が良かったから精神疾患にかかりにくかったとも言えますし、集団適応の能力が高かったから精神疾患にかかりにくいなど、いろいろな言い方ができると思います。
でも実際に、どのような科目が得意だから発症しやすいのか、あるいはしにくいのかまではわかっていません。それを統計的にわかろうとするのはデザインを組むのが非常に難しいです。
どのような勉強すればどれだけ人の能力を伸ばせるのか、QOLを上げることができるのかというのは教育学などで研究されていますが、まだまだわからないことが多いのです。
ましてや精神疾患というイレギュラーなものを扱おうとすると余計に難しくなります。
僕が知る限りまだ研究されていないのでわかっていないことが多いのですが、この科目のどういう要素がこの人の性質を表しているのか、そしてそれがどのように治療に関与していくのか、臨床的にわかっていることはたくさんあります。
実際、この人はこういう能力が高いからこういうことが得意かもしれない、こういう治療アプローチをしたら良い。ここが苦手だからこの人は困難を抱えているなということを利用しながら臨床していますので、そのような話をしてみようと考えながら診療をします。
臨床的な直感を元にデザインを組み直して研究できるのでは?と言われそうですが、非常に手間もかかりますし難しいことです。やろうと思ったらできるかもしれませんが、予算もかかるし難しいと思う。
今回は、英語、数学、国語、理科・社会、体育、図工・音楽という科目を挙げ、これらの中のどの要素が大事かという話をします。
また、WAISやWISCなどいわゆる心理検査における知能の項目を述べて、それから僕が患者さんの話を聞きながらその人のどういうポイント・才能・能力を見ているかという話もしようと思います。
コンテンツ
心理検査と学歴
心理検査(知能検査)では以下の4つの項目を測ります。
・言語理解:言葉を理解する力、知識量(国語、理科、社会)
・知覚推理:パズル(数学、図工、音楽)
・ワーキングメモリ:瞬間的な記憶力(英語、国語)
・処理速度:問題を解くスピード(数学)
括弧内の対応する科目はふわっとしているものです。
WAISなどで測る知能のレベルはふわっとしていて使い慣れていません。
どちらかと言うと、学歴を見てどの科目が得意だったか、どれくらいの偏差値だったかを聞いた方が、実は直感的にその人の人となりを理解することにおいてはわかりやすいです。
学歴は良くも悪くも理解しやすいのです。
ただ、学歴は結局どのような教育環境にあったかによります。
教育熱心な家庭ならば底上げされますし、お金持ちならば底上げされます。
逆に、地頭が良くてもお金がなければ教育環境が整っていないこともありますし、勉強よりもスポーツなど他のことに熱心に打ち込んでいたなどによっても下がったりします。
そういう意味では心理検査の方が余計な要素が絡まないので純粋に能力を測れますが、直感的にこの人の能力を知りたいというと、学歴の方が利用しやすかったりします。
ここの乖離も見たりします。
地頭とは?
僕が見ている要素です。
患者さんの「地頭」という時にどのようなものを想像しているのか、地頭が良いとはどういうことかという話です。
・要領の良さ、体力
・不安・リスク許容、忍耐力
・客観視、合理的判断(ロジックを組んでいく)
・経験・知識→それを言語化する力
この辺りを地頭と僕は呼んでいるというか、精神科的にはこの辺りの能力が高ければ疾患にかかりにくく、良くなりやすいですし、逆に弱いと治療が上手くいかない、治療の進展が止まってしまうということがあります。
経験・知識もあって客観視の力も強いけれど、不安に弱い、リスクを許容する力が弱かったりすると上手くいきません。
頭は良いけれど我慢が全然できない人も上手くいかなかったりしますし、客観的に物事を見られないと問題があったりします。
このような総合的な能力が重要です。
科目ごとの要素
このような能力を、実際の科目に当てはめるとどのようになるかという話です。
・英語:記憶力、忍耐力、語学センス
これらの他に、英語ができるというと親が教育熱心だとか親の影響が強いと思います。
また、語学センスというのは耳の良さでもあったりします。早稲田には留学生も多くいるので来院されますが、パッと言葉が上手くなる人もいれば上手くならない人もいますので、語学センスというのはあるなと思います。
・数学:論理力、パズル、数的感性
数的感性が優れていないと遅刻しやすい、腹時計が悪いということがあります。
ロジカルに考える力も数学の力で見ることができます。
数学の力が弱いと要領の悪さにもつながると思います。
・国語:読解力、作文能力、読書習慣
国語の成績が良いかどうかはだいたい読書習慣によります。
読書習慣があるかないかは、地頭とは別に重要な要素です。知識欲がどれくらいあるかということです。
読書習慣の有無によって、患者さんの治りやすさは違うと思います。
・理科・社会:知識
生物科学的に考えられるのか、科学リテラシーがあるのかないのかで、社会の理解度が違います。
歴史を知っているかどうかで、社会や会社の人間関係の理解も違います。
・体育:器用さ、体力
器用さがないと会社のような集団生活は大変です。体育も大事な要素かと思います。
・図工・音楽:パズル
図工や音楽ができないと、知覚推理の弱さを想像したりします。
体育とあわせて、手先の器用さと頭の柔軟さを見たりします。
英数国理社は結構できるけれど、体育や図工・音楽が全然ダメだという場合、「学歴は良いけれど仕事ができない人」というのはパターンとしてあります。
もちろん全部がそうではありませんが、こういったことを話を聞きながら予想したりします。
この患者さんが何に悩んでいるのか、会社の中でどういう振る舞いをしているのかは、いろいろな話を聞きつつ、このようなものをヒントにして人物理解をしています。
伸び代は人それぞれ
勉強すれば頭が良くなるかというと、鍛えられる部分もありますが伸び代は人によって違います。
ですから勉強すれば良いとは僕はあまり考えませんし、精神科医が患者さんに「今から勉強し方が良いよ」と言うことはまずありません。
ただ、読書習慣や知識は自分の努力や環境によってつくものなので、身に付けた方が良いのではないかと思います。
貧困の問題も、社会の働きかけで解決できる問題なので、解決していくべきことだろうと思います。福祉的な要素を入れていくことも重要かと思います。
10代の時に成績が良いか悪いかは、本人の努力ではないと思っています。
環境の問題が大きいので、本人の努力で良い学校に行けるというほど甘くないと思います。
また、才能の部分も大きいので、成績が悪かったのは自分のせいだと責めるものではありません。
基礎学力が低いのは自分の甘えということはなく、やはり環境の問題や生まれ持ったものの影響が大きいのです。
どちらかというと大事なのは、苦手さを理解した上で仕事を選んでいくことだと思います。
学歴はなかなか聞きにくいことですし、コンプレックスがあったりするデリケートな話題なので、初診の段階で詳しく聞くことはありませんが、たまに聞くことがあります。
どの科目が得意だったか、苦手だったかも聞いたりします。その時は、このようなことを考えながら聞いているということです。
その他
2021.11.6