東西線「早稲田駅」徒歩1分。夜間・土曜も診療。心療内科・精神科。自立支援対応

WEB予約はこちら

再診患者専用

03-6233-9538

予約制:木・日・祝休診

0362339538
初診WEB予約

  

再診患者専用TEL

03-6233-9538

人の気持ちを考えられないとは何か?

00:57 経験の質の差
02:00 ひとつの視点、立場から動けない
03:42 相手の表情から、変化できない
04:37 自分というものが乏しい
06:40 色々な立場で考えられない

今日は「人の気持ちを考えられないとはどういうことか」というお話をします。

発達障害の人、発達障害とは言わないけれどグレーゾーンの人、パーソナリティ障害の人にも多いのですが、「人の気持ちを考えられない」とはどういうことなのかについてお話ししようと思います。

深く考察したというよりは、僕の臨床的なことから思いつたことを4つ挙げたものです。

経験の質の差

人の気持ちを考えられない人の特徴の1つ目は、「経験の質」に差があることです。
そもそも相手と同じ経験をしていない、ということが多くあるのです。

相手と同じような経験をしていないのでわかりません。
同じような悲しみを経験していなければ、「どうしてこの人はこんな行動をするのだろう?」と思われることがあります。

その人に悪気はないのです。
虐待の問題があったりして、正しい家族像を味わっていないということもあります。

ひとつの視点、立場から動けない

ひとつの視点、立場から動けず固執してしまいます。

一見自己中心的に見えるのですが、そうではなくひとつの立場で考えすぎてしまうのです。
視点を動かすとか、立場を変えて考えることがすごく苦手です。

アレかコレ、白か黒、自分が正しいか相手が正しいのか、この2択しかありません。
もう少し歩み寄る場所があるでしょうとか、こう言う見方もできる、今は感情的になっているけれど冷静に見たらこういう風に見られるよね、といった話が苦手ですしよくわかりません。

僕が同じように言っても、「益田は茶化している、冷たい」となってしまいます。
そうではなく、「別の視点から考えないと今の話はできない」ということがよくわからない感じがあります。

そもそも社会とはどういうものかと言うとき、社会というものと、自分の感情や今話している言語は、複雑なものから次元を下げたことを話しています。
話、言語、感情、思考というのは、3次元のものを2次元に移そうとしているような行為なのです。
だから常に視点を変えて論じ続けないと、3次元のものは浮かび上がってこないのです。
それがわからない、という感じです。

相手の表情から、変化できない

次の特徴としては、相手の表情に合わせて変化をすることが苦手ということがあります。
人の気持ちがわからないわけではないのですが、表情の変化から気持ちが切り替わったことを理解することが苦手です。

細かい表情を読み取るのが苦手だったり、表情を読み取っても、相手の感情がこう変わったということを理解するのにすごく時間がかかります。

相手が複数いるときの表情の変化、言葉のトーンの違い、言語の間隔の広がりから場の空気を読むことが苦手な人が多いです。

自分というものが乏しい

経験の質の差と似ていますが、「自分」というものが何なのかがよくわかりません。
よくわからないから経験の質に差がありますし、相手と同じような物事を考えていません。

相手と同じような経験や体験をしていないから、相手から見ると人の気持ちを考えていないように思われることがあります。

自分というものが乏しく、肉体的な快楽と社会的な記号と思い出や信念との上下関係がありません。

例えば、肉体的な快楽と言うと、お腹がいっぱいになる、性欲を満たす、ギャンブルに勝つなどになります。ですが、そのようなことよりも、社会的な価値、例えばお金持ちになる、地位や名誉がある、皆から尊敬されるといったことの方が人間としては望ましいわけです。

でも、お金があるとか地位や名誉があることよりも、自分の思い出や家族との体験、友達同士の気持ちのつながり、自分の信念を貫くことの素晴らしさの方が普通に考えれば価値があります。

その上下関係が入り乱れていて、「友達と楽しくいる時間よりはこっちの方がお金が稼げるから良い」「お金は快楽を生まないけどこれは快楽を生むから」など、ぐちゃぐちゃになりがちです。
それが人間らしくないような感じがしてしまい、相手の気持ちがわからない人たちという言い方になってしまうのだと思います。

色々な立場で考えられない

色々な立場で考えられないということを、タッチパネル方式のような言い方をします。

通勤している時には「通勤している私」、食事をしているときは「食事をしている私」というようにその都度分かれてしまいます。

僕の場合だと、家にいる僕、クリニックで開業医として働いている僕、YouTubeをやっている僕が全く別でリンクしていないような感じです。

でもそんなことはなく、YouTubeをやっている自分も診察をしている自分も相互関係があり、シナジーがあり、ある瞬間はYouTubeのことを考えていますが、同時に臨床のことも考えています。
ですが、そういうところがなく、「これをやっているときはこれ」のように連続感がありません。

悲しい記憶や劣等感に包まれた自分は普段は感じないのですが、それに一度はまってしまうとそればかりになってしまいます。
普通ならば何をしていてもどこか一部に自分への劣等感や負い目、不安感があるものです。あるけれど仕事をしています。

でもそうではなく、仕事をしている時には劣等感や負い目のある自分は綺麗さっぱり忘れていて、思い出した時にそれに集中してしまうのがこのような人たちの特徴かと思います。
同時に複数の視点を持ち、同時に複数のアイデンティティを持ち、統合された自分がなかったりします。あまり上手く言えた気がしませんが。

経験の質の差は診察室でよく話すので動画にしてみました。


2021.11.18

© 2018 早稲田メンタルクリニック All Rights Reserved.