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「みんなも悩んでいる。同じだよ」のアドバイスは適切か?

00:54 僕がお酒をやめた話
03:48 どこに主眼を置くかによって変わる
05:57 「体質」「外傷」としての異常

今日は「みんなも悩んでいる。『同じだよ』は正しいか?」というテーマでお話しします。

「みんなも悩んでいる、同じだよ」というアドバイスを受けることがあると思いますが、それは違うというお話しです。

精神科の病気というのは普通の人の悩みとはやはり質的に違うのです。
それを説明してみます。

結論としては「正しくない。量的な違いも質的な違いとなる」ということになります。

僕がお酒をやめた話

どうしてこの話をしようと思ったかと言うと、さっそく自分の話になりますが、僕は去年の6月5日からお酒をやめました。それまでは本当に毎日飲んでいました。

僕は自衛隊出身でもありますし、医療従事者でもあります。
医療従事者はお酒が好きな人が多いです。忙しいですし、他に趣味もないので飲むのが好きなのはどこの病院でもそうです。自衛隊も飲むのが好きな人が多いです。
この純血種を共に引いていますからお酒が本当に好きで毎日飲んでいました。

でもコロナをきっかけに、去年の6月5日からやめました。
体の調子も良くなかったのです。やめた結果、体も軽くなりました。

やめた後にわかることは、やはり自分は依存症の人とは違うな、ということです。

やめるのは僕も大変でした。
週7日飲んでいたのを突然やめるのはきつく、仕事終わりにビールを飲みたい、美味しいものを食べたときや年末年始にお酒を飲んでリラックスしたいとも思いましたが、我慢できました。
やり方としては、YouTubeでお酒の動画を見ないなどありましたが、やはり「根性」でやめました。

では患者さんにも同じように勧めるかというと、僕はそれはしません。
僕は「苦労があってもやめられるな」と思いましたが、やはり依存症の患者さんを見ていると違うのです。

同じようにはやめられませんし、僕より我慢ができないからだ、精神力が弱いからだとは到底思えません。お酒を飲むということが蓄積されていった結果「脳が変わってしまった(報酬系)」のです。だからやめにくいのだ、ということがわかりました。

僕もずっと飲んでいましたし、飲んでいたからやめにくかった。
でもこれよりもっと飲んでいけば(脳が)変わっていきます。
量的な違いなのですが、それが質的な違いとなって現れているということです。

それを体験としてすごく感じられました。
自分のやめられた経験をもとに、相手のやめにくさがよりわかりました。

どこに主眼を置くかによって変わる

科学哲学的に言うと、例えば「板」があって「四つ足」があったときに、これが小さいと椅子になりますし、大きいと机になります。
これは量的な違い、つまり大きさの違いが、机と椅子という「質的な違い」になっている1つの例です。

また、大人用の椅子や机なのか、子供用の椅子や机なのかによっても違います。
大人にとっては椅子に見えても、子供にとっては机に見えるということがあります。

そういう意味で質的な違いはどのように起きるかというと、大きさだけの問題のこともあれば、使う人によっても変わってくるということもあります。

言うならば、発達障害もそうなのです。
「発達障害ですか? グレーゾーンですか?」という質問に対して診察室で何百回も説明しているのですが、説明するのがすごく難しいです。
それは、「本人の困り感によって決まります」ということになるからです。

家でも学校でも社会でも問題があるならば明らかに発達障害と言えますが、家の中ではなんとなく機能しているけれど、学校ではうまくいかなくなるパターンもあります。
学校まではうまくいっていたけれど、いざ働き始めると全然うまくいかないというパターンもあります。

ですから、発達障害をどこからグレーとしてどこからブラックとするかというのは、どこに主眼を置くかによって変わってきます。
年齢によっても診断が変わってくるというのはこのような理由からです。

体質、外傷としての異常

「体質」としての異常(ハード)
「外傷」としての異常(ソフト)

「体質」というのは発達障害的なものがあるのか、先天的に不安に感じやすい、人格障害、知的な問題など体質としての異常もありますが、IQのように「ここからが異常」となるものではありません。
ですが、ある値を境に急激に社会適応が悪くなるという問題はあります。

「外傷」というのはトラウマや過去の嫌な思い出などです。
虐待やトラウマもただのパワハラのようなものから、根深いものまであります。
高校の時に部活の先輩に意地悪をされた、しごかれたというものではなく、ある点を境に痛みとなって今後の日常生活を支配されてしまうことがあります。

復帰が容易な人との違いがあるわけです。
精神科に通っていても、いろいろ話をして10回くらいで終わってしまう人もいます。
同じような体験、問題があったとしても、自分で回復していく力もあるので10回くらいで済むパターンです。

ですが、20回、30回、年単位になる人もいます。
同じような病名でも、ある点を境に予後がガラッと変わることがかなりあります。

例)社交不安障害vs回避性パーソナリティ障害

この2つの違いはよく聞かれますが、僕もどう答えればよいかわかりませんでした。
もちろん操作的診断という教科書レベルでは明確な違いは書かれていますが、いざ臨床をしてみると、どうしてこの人を不安障害だと言い、この人をパーソナリティ障害だと言うのかが説明しにくかったのです。

それをどう説明したら良いかというと、やはり質的な違いになります。
程度が軽いと「障害」と言い、程度が重いと「パーソナリティ障害」と言うということがどうしても臨床的にはあると思います。
同じ対人不安であっても、ある点を境に人格障害と呼ばれるような適応の悪さがやはりあると思います。

例)適応障害vsPTSD

同じようなことがあっても、適応障害となるのかPTSDとなるのかはやはり違います。
同じパワハラやインパクトのあるストレス体験をしても、適応障害で済むのかPTSDにまでなるのかはやはり違います。

これは、外傷自体のインパクトだけではなく、本人の個別性、能力、生い立ちなどいろいろなものが関係します。
ある点を境に症状がより重く深刻に続くこともあれば、一過性のうつ症状でとどまるパターンもあります。

トラウマという問題をどう語るかは難しいので、また今度話そうと思います。
何でもかんでもトラウマがあればPTSDという診断にはならず、この辺りはファジーです。
PTSDではない場合は、適応障害や急性ストレス反応、神経症と呼ばれたりします。この辺りは質的な違いにもよります。

もう一度まとめると、「みんなも悩んでいる、同じだよ」と言うかもしれませんが、それは違います。
精神科の患者さんは病気になっている、通院までしなければならないのですから、同じではありません。それはなぜかと言うと、「質的な違い」となって現れているからです。
皆が「椅子」だと思っていても、それが大きくなれば突然「机」に変わってしまうことがあるのです。


2021.11.23

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