本日は「なぜ変化を拒むのか」。
なぜ患者さんは良くなろうとしないのか、良くなろうとする変化を拒んでしまうのか、そういうことを「抵抗」というのですが、その抵抗について解説します。
治療者側の意見というか家族もそうだと思うのですが、横で見ていて、なぜ患者さんたち、精神疾患を持っている方、うつの方は変わろうとしないのか、変わることを拒むのかと疑問に思うと思います。
「こうしたらいいんじゃないの?」というアドバイスを家族がしても、「そんなのわかってるよ」
「私のことを全然わかってくれない」「上から目線でものを言っている」と言われます。
こちらの言い方が悪いのかなと最初は反省しますが、何度も何度も同じようなやりとりをしていると、段々腹が立ってきて、
「何でこいつ、治そうとしないんだろう?」
「何で治ることを拒むんだろう?」
「甘えてるんじゃないか?」
と思うわけです。大体そうなんです。
最初は「悩んでいるんだな」と思って付き合うけれど、アドバイスをしても変化を拒むので、周りが音を上げてしまうことはよくあります。
これは精神科の中ではごく当たり前のことで、患者さんは別に甘えているわけでも、サボっているわけでも、ふざけているわけでもなく、こういうものなのです。
「抵抗」と言うのですが、そういうことになります。
この抵抗があるからそもそも患者さんなのです。
精神疾患になるということは抵抗があるからなんです。
逆に普通の人、健康な人であれば、何かまずいことがあったときに、細かく目標を修正し、軌道修正をしたり、行動を変えたりできます。行動を変えてきているのです。
ただ、それができないことが続いてしまうと、精神を病んでしまうことになります。
こういう言い方をすると、「いや、益田のその言い方だと患者さんが悪いみたいじゃないか」と言われそうですが、そういう意味ではないのです。
動物として、病気としてそういうことが起きているんだ、ということを理解してもらえたらと思います。
コンテンツ
記憶を強化する・記憶を消す
「治療」と書いていますが、これは薬物治療という意味ではなく、精神科の心理療法です。
心理療法や対話による治療、カウンセリングなどの治療のことを言います。
基本的には「治療」とは何かというと、チューニングやプルーニングによる記憶学習の変化です。
難しいですが、簡単に言えば、記憶や脳の配線を変えてあげるということです。
「チューニング」というのは記憶を強化することです。
個々の経験を抽象化し、統合してシンプルにまとめ上げ、長期記憶に変えていくということです。
「プルーニング」というのは逆で、記憶を消すことです。
僕らは毎日毎日新しいこと、新しい情報を浴びて、新しいことを覚え、そして同時に大量に忘れていっています。
治療とは、チューニングとプルーニングによって脳の中の記憶を変えていくということなんです。
そもそも記憶というのは日々変わっています。
脳の中の記憶はそういう風に言われています。
日々更新され、一回覚えたらそのまんまという感じではないのです。
どちらかというとビットコインに近いんですよ、脳の記憶というのは。
毎日毎日、栄養というか電気を流すことで記憶を保持している。変化させながら保持しているわけです。
写真のネガみたいに一回パシャッと焼いて保存されているというよりは、絶えず作り替えられている感じです。
記憶を書き換える
だから「書き換えましょうよ」ということです、治療というのは。
変化を起こすということなんです。
・自己理解の変化
変化というのは何かというと、例えば「自己理解の変化」です。
自分はこういう人間である、という考え方をまず変えることが大事です。
それが治療の変化です。
別の言い方をすれば「自己受容」です。
自分はダメな奴なんだ、と思っている。
「ダメな奴なんだ」と思っているのを「ダメなやつではない」と変化させれば、治療が進むということなんです。
治療が終わるとも言えるかもしれないですが。
なんだか当たり前のことを言っているようですが、でも「ダメな奴なんだ」と思い続けているのです、患者さんというのは。
それは病的なものなのか、トラウマなのか、いろいろ原因がありますが、これを「良い奴なんだ」と思い込むように仕向けていくのが治療です。
当たり前といえば当たり前です。
・他者、社会、群れの理解
他人や社会、あと人間という群れの理解というのも重要ですが、これが悪いものだと思っているです。患者さんというのは。
他人はバカにするものだ、いじめるものだ、社会というのはひどいものだ、社会の中で自分は劣っている存在なんだ、群れの中にいたら弱い奴は必ずいじめられるんだ。
そういう誤った理解をしています。
ある部分では正しいのですが、それが全てではありません。
人間というのは確かに暴力的な部分もあるし、誰かを傷つけたりするところもあります。
だけどそれだけではないわけです。
そこの記憶を書き換えていくことがとても重要です。
良いものに変えていく。
もちろん洗脳みたいな形はダメです。
「いやいや違うんですよ、社会は良いものなんですよ」と言って変えていくのではありません。
白黒じゃない。白も黒も併せ持ったもの、アウフヘーベンしていく必要があるのです。
そういう理解を深めていく。
・常識、価値観
今まで持っている常識や価値観も変化させるべきです。
・記憶の意味付け
記憶、トラウマ等の意味付けも変えていかなければいけない。
父親はぶん殴ったし、母親は自分の気持ちを全然理解してくれなかった、そういうものがあったときに、でもなんかよく益田の動画見ていると、
「あれ? お母さんは私の気持ちに無関心だったとか、私を愛していなかったんじゃなくて、ちょっと発達障害というか、綾波レイっぽいというか、ASD受動型でわかってなかったんじゃないの?」
「でもお母さん、確かに毎月何でか知らないけど、1日の8時ぴったりに私にLINE電話してくるよね。あれは何なんだろう?」
それはお母さんなりの愛し方じゃないの?
発達障害っぽいところがあるからそこだけ律儀なんじゃないの?
「お母さんは私に、お正月に1回も帰ってきてって言わないんですよ、愛してないんじゃないかな? でも毎月メールをくれるんですよね」
とか言ったりします。
いや、それはたぶん常識をあまり知らないんじゃないの?
発達障害の人のちょっと視野が狭いところがあるんじゃないの?
となります。
「お父さんもぶん殴るんですよね」と言ったときに、
「でもそれって憎んでいるんじゃなくて、そもそもお父さんのマイルールを侵しませんでしたか?」と聞くと、
「確かに毎日のルールがあって、走るタイミングを邪魔するとお父さんすっごく怒るんですよね」
「それはマイルールを阻害したからじゃないの?」
といったやりとりになったりします。
過去の記憶がそのままではなくて、別の形に切り替わっていく、意味付けを変えていくという作業もとても重要だったりします。
とにかく変化を起こす、記憶や認識、理解など、今まで持っていたものに変化を起こすことがとても重要なのです。
まぁ、当たり前といえば当たり前です。
悪いものと思っているから認知が歪んでいる、それを変えてあげるのが精神科の治療です。
主観2.0
これは僕が「主観2.0」という形で作ったモデルです。
最近オンライン自助会の患者さんたちが、互いに話を聞いたり、相手を理解したり自分を理解したり癒していく中で、共通のモデル、治療モデルというものを持つ必要があるなと思い、自助会のメンバーが使いやすい治療プログラムは何かなと思って作りました。
基本的には僕らの考えは主観に支配されているので、できるだけ客観に近付けてあげるというのが重要です。
世の中は良くなっていかないと言うけれど、じゃあデータで考えましょう。
私はあの人は悪い人だと思うんだけれど…、実際どうだったの? どんなことを言ったの? そういうことです。
そして、客観的に見てみる。
「私は能力が低いと思うんです」
実際、具体的に何で仕事で困っているの?
どういうミスがあるの?
それって若者だったら誰でもあるんじゃない?
それってあなたが悪いんじゃなくて、指導しない上司が悪いんじゃない?
そういう風に客観的に見えてくるわけです。
客観的に見えてくれば、新しい意味で捉えることができる。
できるだけポジティブな意味を付け加えて主観2.0に移した方が良いのですが、そういう過程をするのがいいんじゃないかと言っています。
客観を経ずに、ネガティブな視点からポジティブな視点になることはありません。
それは洗脳みたいなものです。
すぐ主観2.0から主観へ戻ってしまうので、必ず客観を経た方が良い。
なぜ抵抗するのか?
客観を経る時に、こういう風に見たらいいんじゃない? これが客観的だよね? と提案しても、「いやいや、私はそうは思わない」「そうなのかな?」など「抵抗する人」が多いです。
こうやって動いてみたら? こういう行動してみた方がいいよ、次からこうしたらいいよ、と変化を促そうとしても、「いや、私できません」「いやいや、これはやりません」と抵抗することは多いです。
抵抗するから変化が起きないのに、何で抵抗するんだ、ということです。
なぜ抵抗するのかということなのですが、それは患者さんだから、病気だからと言っていたらそのままです。
そうではなくて、薬物治療の観点とは別に、カウンセリング的な中でどうして抵抗があるのか、どうやって抵抗をとってあげたらいいのかを考えていきます。
・安全、信頼関係
まずなぜ抵抗するのかというと、そもそも本人の中で「安全な場所」は用意できているのか、そして治療者との関係の中で「信頼関係」がちゃんと結べているのか、ということが挙げられます。
安全な場所ではないとしたらやはり変わろうとしないです。
ここから逃げられません、となるわけです。
だから、ちゃんと安全性を確保する。
世の中は安全なんだよ、という最低限のリテラシーを手に入れる。
虐待を受けていて心身が傷ついて疲れ果てている人は、客観的に見るなんて怖いことはできないわけです。
まず最初に、自分で変わろうという前に、ここは安全な場所なんだよ、世界は本当は安全なんだよ、ということをきちんと教えてあげる、学び直しみたいなところが必要です。
最低限の学び直しです、あくまで。
これが必要です。
信頼関係もとても重要で、治療者が怖い人だとやっぱり治らない。
治療者が自分の見栄や自分のためにやっていると思うと、心を開きません。
ちゃんと信頼関係を結ぶ。
もちろん信頼できないんです、なかなか。
信頼できない人たちに対して信頼してもらうということなのです。
それはこちら側のやり方でもあるし、でも信頼されない人が悪いわけではなくて、信頼できない人たちなのです。
傷ついていたり弱っているから信頼できない人たちなので、それに対して例えば安心できる場所を用意する、医者という肩書きや権威を着るなど色々なやり方があります。
そういうギミックを使ってあげることはとても重要です。
・知る痛み、メタ認知、経験・知識不足
なぜ抵抗するのかというと、知る痛みです。
これから知ること、現実を直視することに耐えられない、痛みが怖い、不安だ、というタイプもいれば、メタ認知、そもそも客観的に見ることが難しい人、客観的に見ようとする、第三者視点でものを見ることが難しい人、発達障害の人、知的障害、境界知能の人、結構難しい人もいますが、こういう問題もあったりします。
若者の場合、経験・知識不足がある場合は、なかなか難しかったりします。
いくら周りから「いや、あの男は悪いよ」「あの男は本当に悪い奴だから絶対別れた方がいい」と忠告を受けても、経験がないからわからなかったりします。
ましてや色々なドラマや映画も観たことも少ないので、知識もなかったりします。
そんな悪い人がいると思わず、彼は特別と思ってしまう。
若者は痛い目を見てしまうこともあります。
ここら辺を補ってあげる。そうすれば抵抗は取れるということになります。
どうやて抵抗を取っていくか
この知識を得た上で、ではどうやって抵抗を取っていくのか、ということです。
普通に認知行動療法みたいなやり方が一般的ですし今時だと思います。
つまり認知を変えてあげて行動を変える。
認知行動療法というと、認知だけに注目されがちですが(これは「ばっちこい心理学」で岩野先生や青木先生が言っていました)、そうでなくて認知も大事だし、行動も大事です。
認知行動療法で僕が素晴らしいと思ったのは、精神分析から認知行動療法という形で世代が変わったというか、主流が変わった重要なポイントというのは、きちんと心理教育をしたということだと僕は思っています。
解釈だけで丸投げしない、思考をしていくことを相手に任せすぎない、精神分析のように任せすぎないことが結構重要だったんだろうなと思います。
だから僕はYouTubeをやっているし、色々な形で心理教育をしています。
そして認知の歪みを治す。
あなたはこういうところは歪んでいるよねという認知の歪み、自己理解の歪み、物の見方の歪み、物事が整理されてないから整理を一緒にしてあげようとか、そういう形で解釈したり、分析っぽく言うと無意識を解釈する、認知行動療法だとスキーマを解釈するとかあります。
もうちょっと複雑なことを言えば、転移解釈です。
あなたは今、僕に対して怒っているよね、でもこれって「過去の再演」なんじゃないの?
こちら側の気持ちです。
何でこんなに腹が立つんだろう、でもこの腹が立つ感じは、もしかして患者さんが家の中で旦那さんに怒っている気持ちと似ているんじゃないか?
僕らはなぜか過去の出来事や過去の人間関係を、新しい人間関係でも再演してしまいます。
診察室は一つの演劇空間なんです。
演劇空間なので、これっていつもの演劇になってるよね、今味わっている感じってこれなんじゃないの、と言うと急激にメタ認知能力が上がります。
「あ、これそうじゃん」みたいな。
「私、いつも怒ってるやつこれじゃん」
「私がいつも彼氏に怒ってるやつこれじゃん」とわかるわけです。
どうやって認知の歪みを治すか、どうやってビックリさせるか、どうやって感動させながら自分の歪みに気づくかというのは、色々なやり方があります。
知識を整理するというところもあれば、もうちょっと深く無意識を指摘する、もっと深くメタ認知を揺さぶるようなことといえば転移解釈をするということですが、当然深ければ深いほど訳がわからないし、相手と信頼関係が必要だし、そして患者さん自身の能力が必要となってきます。
あとは行動ですね。
認知行動療法の行動の部分、とにかく動くということです。
行動を活性化してあげる。
よくわからないけど、とりあえず動くということも重要で、わからないけれど動く。
お酒をやめるときも一緒です。
よくわからないけどやめる。
いや、もう理屈はいらんからやめろ、ってあるんです。
ギャンブルも「いや、これが人生の楽しみで」といろいろ言うのですが、もうようわからんからやめろ、と。
大麻や覚醒剤も「いやいや、こんなの大丈夫なんだ」「こんなのみんなやっているじゃないか。これぐらいで健康を害さない」「50、60になっても打ってても安全だった人を知ってる」「問題ない人も知ってるんだ」「そのうち合法化されるんでしょう」「こんな論文があるのを先生知ってるんですか」と言われますが、いいからやめろ、とにかく行動を変えてみなさいというのもあります。
とにかくやめる。
やめて変わった自分で後から振り返れば、やっぱりやめてよかったなと思うことが多いのです。
自傷行為もそうだし、買い物依存も摂食障害もそうです。
患者さんは24時間そのことを考えているし、やめたいなあ、でもやめられないな、という議論をしているから、結局、本当の意味で患者さんとディベート対決なんかしたら負けるんです、僕らは。
負けそうになると権威を振りかざしてしまうわけで、そうすると信頼関係が崩れるので、もうややこしい議論になるぐらいだったら認知の話ではなくて、行動療法は結構大事なので行動を変えてみましょう、ということになります。
ということで今回は、なぜ患者さんたちが変化を拒むのか、どうやったら変化の拒みを解消していけるのか、ということを解説しました。
前向きになる考え方
2022.9.19