本日は「家族観の変遷」というテーマでお話しします。
よく、人間の心はどういうものですか、私はこう思います、益田先生は間違ってます、家族はこういうものであるべきですなど、色々なコメントや意見をいただきます。
色々な研究がされていますし、最新の論文もあります。
色々見ていると、正しい論文だなと思うものもあれば「これ、前提条件として結構よくわかっていない人がやってるな」という研究も結構あるんです。
きっちり見ないとわからないものとかあって、「エビデンスがあるんですけど」と言われても、論文をよく読むとサンプルデータの取り方から間違っている、そういうこともあったりします。
精神科というのはサンプルデータがすごく取りにくいんです。
それはなぜかというと、価値観がすごく変わっていくからです。
5年、10年、20年、30年単位で価値観がコロコロ変わっていくので、価値観が変わっていけば、心理学の実験もデータが再現性がなくなるんです。
世の中には色々な実験があるんです。
有名な実験も再現性がなかった、嘘をついていた、と言われたりすることもあります。
そういう部分ももちろんあるんだけど、そもそも人間が変わってきているので違うんだよ、という話です。
有名な実験であっても、そこが雑なところもあれば、当時にしてみれば結構丁寧にやっているんだけれども、やっぱり全然違うということもあります。
言ってしまえば一夫多妻制が普通だった時代から、今はそうじゃない潔癖な時代に変わってきているわけで、全然違うんです。
子どものときにそこから違うから、大人になってからの価値観、感情の受け方、感じ方は全然違うわけです。
皆さんもそういう意味で、自分の1回限りの人生を楽しんでもらうというか、自分の1回限りの人生を判断していく、情報を取捨選択していってほしいということです。
それを想像しやすくするために、家族観の変遷というテーマで話をしてみます。
コンテンツ
アニメに見る家族観の変遷
例えば代表的なアニメ、今はSPY×FAMILYです。アーニャとか今言ってますけど。
SPY×FAMILYが最近のヒットアニメの家族像だったりします。
昔はどんなアニメが流行ったかというと、磯野家、さくら家、野原家というのがあります。
磯野家というのはサザエさん家です。
サザエさん家はどんな家族観だったかというと、戦後の家族、お父さんが強いんです。
戦後といえども、まだまだお父さんが強い、家父長制の残ったような家族観です。
お父さんが怖くてマスオさんも波平さんに気をつかっているし、カツオ君もお父さんに怯えています。
お父さんに怒られたら嫌だな、とみんな思っている。
これが戦後の家族観です。
次のさくら家です。
昭和の終わりぐらいかな、終わりか中頃くらいかな。
70年代くらいの家族観です。
さくら家に関して言うと父性というのが結構もう消滅してしまってます。
おじいちゃんも優しいおじいちゃんになっているし、ひろし(父親)も「情けないやつだねえ」とか言ったりして、そういう家族観に変わってきています。
「お父さんが怖い」というものが消滅している感じです。
野原家というのはクレヨンしんちゃんです。
平成の家という感じです。
核家族になっていて、おじいちゃん、おばあちゃんたちとは暮らさない家になっています。
一軒家で、郊外に住んでいて、車もあって、みたいな形で、ある種の豊かさを象徴したような家です。
お父さんもそれなりに、お母さんは専業主婦で、子どもは幼稚園に行って、みんな中流家庭でみたいな。ニコニコとしていて、という世界観です。
そこから何十年か経ちまして、綾小路きみまろじゃないですけど、あれから30年みたいな感じですけど、SPY×FAMILYが今年流行りました。
SPY×FAMILYはどんな家かというと、スパイのお父さんと、超能力を持っていることを隠している孤児の女の子と、殺し屋のお母さん(隠している)、この血の繋がりのない3人が家族のふりをするという漫画です。
これが現代の家族観を表しているのかな、という気はします。
現代の家族観をリアルに描くことが難しくて、リアルに描いてしまうと多様化しているから共感を得られる層が少なくなってしまうんです。
だから多くの人に共感を得ようとすると、どうしてもフィクションの世界になる。
その前に流行ったのは鬼滅の刃ですが、鬼滅の刃の世界観というのは家族が鬼に殺されているんです。
いないからなんとなく共感しやすいというか。
それで昔の世界です。大正時代の話なので、家族のことを強く思っているし、家族のために生きるんだ、鬼を倒すんだという形になってるんだけど、実際の家族という実体は見えていない感じ。
SPY×FAMILYもそうです。
血の繋がりはない家族。
思いやってはいるんだけれども実体はない感じ、というのは今の家族観を表しているなと思います。
色々な家族がある
今は多様化してますし、色々な家族があるんです。
色々な価値観もありますし、性的マイノリティーの人の同性カップルの家族も含めると、本当に多様です。
そういう多様な中、離婚したりする家庭もありますし、色々な子育てのパターンがあったりします。
スマートフォンの普及も伴い、「個の集合体」というイメージが大きいなと思います。
サザエさんはお父さんを中心とした家族観ですけれども、野原家に行くと核家族、4人ともが自己主張してる、だけど血の繋がりはあるという形。
SPY×FAMILYは血の繋がりすらない、でも協力できることを少しでも探していこう、みたいな世界観になっているので、面白いなと思います。
発達障害、ひきこもりの問題
そういう中で発達障害の問題がすごく目立つようになっているし、ひきこもりの問題も目立つようになってます。
それはなぜかというと、個の集合体ということは、個人個人が自立して色々なことをする責任があるということです。だからなのかなという気はします。
頼れないし、頼らせる方法もよくわからなかったりするのかなと思います。
危機感もあるんです。
患者さんの親の話も聞いていると、子どもたちには頑張ってもらわないと、いつ自分たちは働けなくなるかわからない。子どもには自分で生きていける力をつけてほしいんだと真剣に言います。
「子どもはこういう子だから仕方がないから私たちが頑張って育てます」
「自分たちが死ぬまで稼いでこの子が生きていける分だけお金を貯めます」
そういうある種の伝統的な世界観みたいな形の発言はあまりしないです。
できないのかもしれないです。
それはなぜかというと貧困化の問題もあるだろうし、相対的な貧困化というか断絶の問題かもしれないし、色々ありますけど面白いなと思います。
本当に20年、30年でこれだけ変わるんです。
変わるということは、これからもっと変わると思いますし、もっと多様になると思います。
家族はこうなんだ、フロイトが作っていた家族のモデル、エディプス・コンプレックスとかそういう成長のモデルというものが、現代ではやっぱり通用しなくなっています。
あれだけ賢い人が考えてもそうなってしまうわけです。
今でも同じような考え方で何かを捉えようとしている人たちもいるわけで、そういうのは問題があるなと思います。
面白い話題だと思うので、皆さんもこれをきっかけに家族観の変遷とか多様性について思いを馳せてみてください。
心について考察
2022.12.15