本日は「実存主義療法」について解説します。
実存主義、実存、なんじゃそりゃという感じですよね?
めっちゃ難しい概念なんですけれども、僕もよくわかりません。
でも知ってることは結構あるのでこの話をします。
最近ChatGPTが出たり科学のことばっかり考えていて、だんだん気持ち悪くなってきたんです。
もっと主観的な世界や心の世界について考えたいなと思ったので、今回は実存主義を取り上げてみます。
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実存主義
「実存主義」は聞いたことがある人もいると思います。
例えば、ニーチェという人を聞いたことないですか?
哲学者のニーチェ、サルトル、ハイデガー。ハイデガーは人気ないけど、ニーチェは有名ですよね。
サルトル、キルケゴールも有名かな、まあ、たくさん有名な哲学者はいるんです。
19世紀から20世紀前半に流行った哲学です。
第一次、第二次世界大戦の頃に、結構流行ったものです。
わりと情熱的な哲学なんです。
「この私」の追求と書いていますが、共同体や既存の価値観、常識を絶対視せずに自分の使命を果たす、と。
自己の使命を果たす。
独自の価値観に基づいて生きるんだ、というのが実存主義なんです。
情熱的で主体的にやれ、みたいな形なんです。
これだけ聞くと、「これこそ私が求めてた精神科の治療だ」と思う人もいるかもしれませんね。
世の中の価値観、外見、人からどう見られているのか、出世とかそういうものに支配されたくない、自分らくし生きたい、誰からも評価されなくても自分らしくやりたい、そういう風に思うじゃないですか。
自分ひとりで生きていきたいみたいな、そんな感じの治療といえば治療なんですけど、まあそうやつです。
その実存主義の考え方を精神科の治療に活かしたものを実存療法と言ったりします。
実存主義の代表的な哲学者というとキルケゴールです。
ニーチェ、サルトル、ハイデガー、ヤスパースですね。
キルケゴールで有名なのは、「あれか、これか」かな。
人生の具体的な状況の中で、「あれか、これか」の二者択一の選択を、自らの全存在をかけた情熱的な決断によって行い、ひとつの行動を選び取ること、と書いてあります。
「絶望」とかね、「神の前に立つ自己」とか良いですよね、情熱的で。
馬鹿にしてるわけじゃないですよ、すごい好きなんですよ、好きでしたね。
ニーチェとか「ニヒリズム」「神は死んだ」「ルサンチマン」「超人」「力への意志」とか良いですよね。
何か中二ゴコロをくすぐるんですよ。
『ツァラトゥストラはこう語った』とか、良いですね。
ハイデガーは、当初ナチスを良いと言ってしまったせいで一回追い出されちゃうんです。
その後批判するんですけれども、でもハイデガーもすごい人です。
「存在と時間」「現存在」「世界内存在」「死への存在」とか良い。
名前、かっこいいね。
あとはサルトル。
サルトルとかフランス人ってなんか気取ったやつという感じですよね。
人間は社会参加によって社会の中に自己を投げ込みつつ、同時に自己の自由な行為によって社会を新しい状況へ変えていく、ということを言ったのがサルトルです。
良いですね。社会参加が大事だ、と。
フランスはデモをよくやってますよね。
ヤスパースは元々精神科医だったんです。
身体がちょっと悪かったのかな、確か。あまり臨床はしなかったみたいです。
でも「了解可能性」という概念を出したりして、内因性疾患と心因性疾患を分けるとか、そういうことをやった人で、精神科医から途中で哲学者になっていくんです。
あまり臨床してなかったらしいですよ。臨床をやらない人に冷たい、厳しく言うっていうね。
だから同じ情熱的であっても、臨床をやっているフロイトの方が好きです、僕は。
この世代の人たちはみんな情熱的ですよね。
人間には自由があって、そして責任があるんだ。
人生の意味や目的を自ら主体的に選んでいくんだ。
人間には死と有限性があって、それは受け入れてなおかつ進んでいかなきゃいけない。
実存的不安、不安はあるよね、でもそれは自分たちの一部なんだから受け入れていこうよ、仕方ないじゃないか、みたいなそういう感じです。
そういうことを乗り越えていく、自己というものを作り上げていく、ということが実存主義であるし、面白いというか、すごく情熱的な感じがして良いですよね。
人格の成熟を求める
じゃあこんなに良い治療法なのに何でやってないのか、誰も精神科医はこれをやってくれないのか、というと、やはり主観的なアプローチなので、精神分析も同じと言えば同じなんですけど、限界性が見えてきたということです。
認知行動療法(CBT)に時代は移っていくんです。
じゃあ完全に実存主義療法がなくなったかというと、そんなこともなくて、やはりCBTもマインドフルネスを取り込む過程の中で、瞑想の中で実存というものを考えたりしていくということは残っています。
あとはCBTを続けていったり、普通の精神療法の中でも「人格の成熟」ということを求めていくわけです。
成熟するというのはどういうことかというと、出世するとかお金持ちになる、やりたいことをやる。やりたいことをやるのはちょっと実存かぶってますけど、でもそういう自分探しをして、外から認められるのではなくて、もっと根本的に、自分には価値があるんだ、生きることには意味がある、価値があって、そして余裕があったら使命を果たせばいい、というか生きていることそれ自体が自分の使命を果たしていることなんだ、ということに気づくということなんですけど。
何て言うのかな、言ってて恥ずかしくなりますけど、そんな感じの治療です。
でもまあこれはね、難しいよね。
まずは薬物療法、福祉、ストレス・マネジメント
こういうのが好きな患者さんはいるんですけど、これに付き合うとやはりあまり効果は生まれない。エビデンスはあるかもしれないけど弱いですし、あまり良くはないです。
やはりきちんと薬物治療をする、躁うつの人とか結構こういうの好きですけど。
あと、統合失調症の人も好きかな。
でも薬物療法をしっかりやった方がいいよ、と言うこともあるし、まずは福祉を導入しようよ、ということも大事だし、ストレスマネージメントをしっかり身につける、ロジカルに考えていく、そういうのも大事なんです。
あと心理教育ですね。
そもそも人間の脳はどうなっているのか、そういうことも知っていくことが大事なので、いきなり結論に行こうとするとやはりダメで。
実存主義は色々な学問の上に成り立っているので、20代の子が悩んで頑張ったからといって理解するものとはちょっと違うなという気がします。
もうちょっと治療を続けていく中で、3年目とか4年目とかわからないですけれど、そういう中でふとした瞬間に腑に落ちるというのが、まあ実存的なものなんじゃないかなと思います。
実存主義療法というと、僕のイメージなんだけれども、これ自体を目指していくというよりは、治療の過程の中で、ふとこういうことに思いを馳せて「ああ、こういうことなのかもな」と思って、また戻って時々思い出す、ということだと思うんです。
そうこうしているうちに、人の言うことを聞くのが疲れちゃったな、お金とか地位とかよくわからないけど、そういう世間の常識に合わせるのもちょっと疲れたな、みたいな。何かしょうもないな、みたいな感じになってくると掴んできて、だけどなあ、あの暑苦しいおじさんたちの気持ちを思い出して僕も頑張ろうかな、となる感じかな。
わからないけど、まあそんな感じですね。
でもまあ、大事なのはストレスマネジメントやそういう技術を身につけることだと思いますし、それがやはり有効性が高いので大事、そういうことかなと思います。
でも知識として知っておくということは、やはり目印になりますから良いと思ったので、今回動画にしてみました。
心について考察
2023.4.6