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現代社会がうつ病をつくりだす

00:00 OP
01:11 何がうつ病を作っているのか
08:39 長時間労働
10:06 標準化・分業化した人間像
12:53 ニューロダイバーシティ

本日は「社会がうつ病をつくっている」というテーマでお話ししようと思います。

精神疾患というのは、遺伝子プラス環境の問題で発症するんですね。
なのでうつ病というのは、自分の元々持っている生まれつきの体質だけで決まるのではなくて、環境ストレスによっても引き起こされるんです。

例えば、子どもの時に虐待があったとか、長時間労働による慢性的な精神疲労が蓄積して発症してしまったとか、いろんなパターンがありますが、環境がうつ病を作っているということでもあるんですね。
だから、社会がうつ病を作っていると言っても過言じゃないんです。

現代社会においてどういう要素がうつ病を作っているのか、もしくは他の病気を生み出しているのかということをわかりやすく整理してみようと思います。

何がうつ病をつくっているのか

わかりやすいところから行くと過労です。
長時間労働をすることによって、精神的な疲労、ストレスが常にかかってきて脳に疲労がたまり、うつ病を発症してしまうということですよね。
これはイメージつきやすいですよね。

人間の脳は疲れを感じなくできているんですよ。
ウイルスによってコルチゾールが増えて疲れを感じないとかそういうのもあるんですけど、ウイルスと言うとびっくりするかもしれないですけど、人間は色々なウイルスや菌と共生して生きているんです。
そういうウイルスが感染しているので、それが疲れを感じさせなく進化させたんだというのが一つあります。

あと、コーヒー、カフェイン、インターネットとか何でもいいんですけど、人間は興奮させることで疲れを感じなくなるので、そういうものを使うことで知らないうちに疲れがたまってうつ病を発症してしまうとかそういうのもありますね。

あとは競争ですね。競争させられています、僕らというのは。資本主義の中で。
良く言えば努力して切磋琢磨しているとも言えるし、悪く言うと競争させられている。走りたくないのに走らされている感じです。

競争していると疲れを感じにくくなるんですよ。アドレナリンが出てるから。
だから疲労が溜まるというのもありますね。
周りが戦ってるから長時間戦わなきゃいけなくなるんですよね。周りに合わせて競争しなきゃいけなくなるので結構大変という感じです。

日本はやっぱり競争社会が減ってきた気がしますね、昔に比べて。
だから国際競争力が落ちてきているとも言えます。
アメリカ、韓国、中国、最近のインドともそうだと思いますけど、競争社会ですからね。
エリート競争社会になっているので、ああいう方が経済力はあるかもしれないけど、どっちが幸せなのかなという気はしてしまいます。
でも日本もまだまだかなり競争社会という感じですね。競争社会なので勝っていても追い立てられてすごく焦るし劣等感も抱きやすかったりします。

常に勝つ人はいないので、また負けるんじゃないかという焦りもあるし、半分の人は負けるわけですから。
そうすると自己肯定感が下がったり、劣等感とかがある。
こういうものがうつ病や不安障害、摂食障害、依存症を生んだりします。

この競争社会の結果、資本主義はどんどん進んで格差社会になってきているんです。
お金持ちはどんどんお金持ちになっていくし、お金がない人はどんどん貧乏になっちゃう。そういう中でお金がないからいっぱい働かされているということもありますよね。

貧困の問題もある。
貧困のところにはストレスがかかるし不安になりやすいので、それが暴力となって子どもの虐待に繋がることもよく知られている。
アルコール依存、大麻依存とかドラッグに逃げてしまうことも起こしてしまう。ギャンブルとかね。
貧困の問題とかこういう苦しみから逃れるために、ドラッグに手を出して一時的に休息を得ることもされがちです。

あと、お酒を飲むと反乱する元気もなくなりますからね。
反乱したり反抗する元気もなくなるし、大麻とかそういう問題もあります。

後はマスメディアというものが発達していくことで消費が促される。
消費すればするほどお金が儲かるので消費を促したり、競争を促したり。
SNSがあることで、成功している人の一部分だけが見せられて劣等感を抱きやすかったり、自己肯定感が下がりやすかったりしますということです。

あとは、より効率的に働かなきゃいけないんですよね。効率的に働く結果、地方にいるのではなくて都市に集中するんですよ。
昔ながらの家族とか地域社会が壊滅してしまったんですね。
会社中心になってしまって。

その結果、社会的孤立というのが生まれたりする。
子どもが多く育てられなくて子どもが少なかったり、一人っ子だったりとかで。
そうするとコミュニケーション能力がちょっと低くなったりしていく。
結果、親からのプレッシャーも強かったりする。
結果、結婚にいいイメージを湧かないとか、一人暮らしが多かったりする。
かつ少子高齢化で高齢者はすごく長生きになった。

だから、世代格差というのも広がりつつあって、価値観の違いというのが如実に出てきている。なので全体のまとまりが悪くなっちゃうというのはありますね。
その結果、福祉にお金がかかり過ぎるとか、どこに税金を充てるかという分配の不平等とか生まれたり、色々起きるということですね。

きちんとお金を稼ぐために競争させるとか、こういうものが今の問題かなと思いますね。こういう社会的孤立がひきこもりを生んだり、不満やうつを生んだりする。
地方に仕事がないとか引きこもりを生むとか、こういうことがあります。

常識を疑うというのはとても重要で、共同体が持っている価値観や常識を否定しろというわけじゃないんですけれど、こういう価値観の中でうまく適応しつつ、でもどこか一方で冷めた目で見る。自分独自の価値観を持つことがとても重要です。

じゃあそもそもこういう競争を中心とした社会のあり方はいつから始まっているの?と。昔からですかという風に考えると、生物というのはみんな弱肉強食でしょうって思うかもしれないんだけれど、動物の社会を見ていても思いますけど、弱肉強食といえば弱肉強食なんですけど、わりと結構みんなに楽しそうにやってますよね。激しくないところでは。砂漠の地域とかでなければ。

熱帯雨林は結構楽しそうにやっていると思います。動物番組をあまり見ない人はわからないかもしれないんですけど、結構餌を取るのは簡単だったりしますね。
歴史とか好きな人は昔の人の生活というと、のんびりしてるとか穏やかだろうなとか思うと思います。
それは作られた幻想ではなくて、本当にそうだったみたいです。

長時間労働

長時間労働が始まったのがいつかというと、19世紀から世界戦争にかけて激しくなるんですね。
競争が激しくなるので、産業革命の時には時計もできるので時間で人間を管理するようになるんですね。

生産力が上がっていった結果、どんどんいろんなことができるようになってきて、ついには戦争になります。
世界戦争というのが今までの戦争と違って、国家vs国家の総力戦なんですよ。
だから全国民が戦う。効率よく戦うんですね。

前線に出る人もいれば、武器を作る人もいる。
国家ぐるみで計画的にやるので、すごい管理されている感じですね。管理して戦わなきゃいけない。
逆に負けちゃいますからね。負けたら徹底的にやられるので戦わなきゃいけなかった。

ここで長時間労働とか競争していくというカルチャーが出来上がったという風に考えられます。

それは戦後も引き継がれて、今日では物理的な暴力行為というのはないんだけども、経済戦争とか国際競争という形で継続しているという形ですね。
だから競争社会というのはずっと続いているという感じです。

標準化・分業化した人間像

では、競争するためにどうしたいのか。相手に勝つためにはどうしたらいいのかというと長く働くとか効率的に働くとか、家族機能を解体してでも職場にいさせるということになるんですよね。

国家を一つにまとめるとか戦争をした方がいいと思わすためにマスメディアが発達したというのも背景にありますよね。

人間観というのも結構変わったんですよ。
国家が出来上がった時に戦争をしなきゃいけないんですよね。
方言を使う人もいれば、個性豊かな集団だったんですけど、それだとやっぱり戦えないんですよね。
戦争に行きにくいので。

兵隊というのは汎用性があった方が良いんですよ。
こいつが死んでも代わりがいるみたいな状況にしたいので、国民全体を標準化していく必要があるんです。だから方言とか使ってると会話がしにくくなるので、標準語を作るとか、あの人は算数とかできるけど、この人はできないだと困るので、みんなに算数を教え込むとか、かけ算を教えさせるとか、標準化させる。

一回集めて標準化した上で専門職につかせるということをするんですね。
江戸時代とかは違うんですよ。元々大工だったら大工みたいなね。魚屋だった魚屋みたいな、代々やった仕事をやればいいので最初から分かれてるんだけども、戦争をさせるために子どもを集めて標準化させた上で、今度は分業化させるという人間像に移り変わっていったという感じですね。

だから僕らの中には標準的な人間というのがあるんですよ。頭の中にね。
昔プラトンが理想的な市民とか哲学者とか言いましたけど、あの時とは全然違ってやはり戦争のために作ったというのがありますね。

だから、知能検査とかもそもそも何のためにあったかというと、どういう能力があるのか、この人は標準的に運用可能か不可能かを判断するために作られていますし、精神疾患も結構似ています。

そういう人間像が出来上がってしまったということですね。
この標準化というものがあるからこそ、標準って何なのかということで、劣等感とか自己肯定感が今強まっている。
自分はこんなことができないのかというある種の見方ができるなと思います。

ニューロダイバーシティ

それっておかしいよねということで、最近はニューロダイバーシティという発想が出てきています。
元々人間は生まれつき違うよねと。
標準化と言うけれど、そうじゃなくて結構個性豊かな生まれ方をしているよね。
発達障害の人って元々違うし、考え方や感じ方が違うし、能力も違う。

不安障害の人やHSPの人たちは、元々感じ方が違うよねと。
生まれながらに結構違うよね。
それはLGBTQとかもそうですよね。性的マイノリティーの人たちもそうだし、そういうことをどんどん認めていこうよという形です。

人間は平等であることと標準的であることはちょっと違う。価値としては平等なんだけども、結構個性が違うよねということ。
こういう価値観に戻っていこうよということが最近謳われていることかなと思います。

また色々時代が変わっていくと思いますけど、国家とか大きい物語、標準というものに支配され過ぎず、それは歴史が生み出した一時的なものなんだという感覚でいると、劣等感に苦しまなくなる。

あまり競争に追い立てられるとうつになっちゃいますから。
ほどほどを知るというか、自分で自分の欲望をコントロールしてあげるということも重要なのかなと思います。

ということで、今回は社会がうつ病を作っているというテーマで、現代社会の問題をざっくり解説してみました。


2023.6.3

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