本日は「パッと怒らない、怒ったとしても自分で気持ちを落ち着ける方法」というテーマでお話ししようと思います。
木曜日は精神療法という形で幸福になる方法とか、どうやって心を治していくかということを話してきました。
3か月経って、一回今回をもって最終回としようかなと思っています。
7月以降どういうテーマでシリーズを組むかはまだ決めていないんですけども、とりあえず今回で最終回にしようかなと思っています。
最終回なので、ちょっと難しい話をしようかなと思います。
コンテンツ
心・社会→言語化
心や社会を言語化するというのが治療にとってとても重要で、それを木曜日は試みてきたんですけども、試みてきたというか他の曜日もそうなんですけども。
心とか社会を言語化するということが、精神療法の本質だったりします。
自分の気持ちを言葉にすれば楽になるよとかよく言うじゃないですか。
そういうことなんですけども、では本当にできるのかと言うと、できないんですよね。
100%完璧にはできないです。医学に限界があるとか、人文科学に限界があるとかまだ発展途上だからとか、そういう訳じゃなくて不可能なんですよ。基本的には。
なぜかというと世界は4次元なので、4次元のものを絵に描くと2次元になるようなのと似ていて、そもそも心や社会は複雑なものなので、それを人間が扱う言葉なんかに置き換えられるわけないんですよね。
情報量が減っちゃうから。
絵を描くことで世界を再現することはできますかというとできないですよね。
写真で世界を再現できますか、できないわけですよ。
それはなぜかというと、我々が生きている世界というのは4次元の世界だからですね。
4次元以上かもしれないですけど、4次元だと言われています。
縦、横、高さ、プラス時間の流れという4次元なんですけども、絵は縦と横しかない2次元じゃないですか。
次元の低いものにしているので、再現できないということです。
実際ChatGPTを見ていくと、科学の限界というのがわかりますね。
つまり、僕らが認識しているような公式とか使っている限り、完璧に世界を予想することはできないんですよね。
ChatGPTみたいなAIというか、人間が使うよりもはるかに多くのパラメータを用いないとなかなか正確な予測はできないということはわかっていたことですけども、ChatGPTの存在でいよいよわかってきたし、僕らの社会を言語化するのは無理なんだなということはわかってきたという感じですね。
それでも知りたいという気持ちはあるし、人間の知りたいという気持ちは止められないので、僕ら精神科医は心や社会を言語化していく努力を止めることはできないんですけども。
まあ寂しいですけどね。
でも心や社会をどうデザインするのか、どういう切り口でどういう風にわかりやすく表現するかというのはとても重要だし、それは治療的にとても重要ですね。
心や社会をどういう風にデザインするかというのは、何も精神科の領域の中から探してくる必要はなくて、いろいろな学問、世界から取ってくることができるんですよ。
それが臨床の面白さで臨床の素晴らしさなんですよね。
ダニエル・カーネマン
今回はダニエル・カーネマンですね。1934年生まれの2000年くらいにノーベル経済学賞を取った心理学者の話をしようと思います。日本でも有名ですよね。
ダニエル・カーネマンのシステム1・システム2というアイデアを話そうと思います。
システム1と呼ばれるものが「速い思考」です。
システム2と呼ばれるのが「遅い思考」と呼ばれます。
つまり、人間には2つの思考があるよと、それはシステム1・システム2と呼ばれるもので、システム1というのは感情とか本能に支配されている。
パッと気持ちが出たり、パッと意見が出たり、パッと言語化したり、パッと選択したり判断するんだけれども、そこには本能や感情のバイアスの影響を受けているんですね。
なので速いけれども、間違いが多い。
システム2というのは遅い思考というもので、どちらかというと前頭葉を中心とした論理的に考えるものです。だから、すぐには答えが出ないし、ゆっくり考えないと出てこないんだけれども、合理的に考えられる分、システム1よりは過ちが少ない。
直感的に考えた方がいいと思うことも多いかもしれないけれども、それはシステム2の働きが弱いから成長が遅いからなんですよね。
ゆっくり考えていく、しっかりデータを取って論理的に考えた方が正しいというのは、まあそんなに意見の違いはないんじゃないかなと思いますけれど。
システム1がパッと思いつくこととかアイデアとか、時間がない時に商品を買うみたいな感じで、システム2はゆっくり考えるゆっくり吟味する、数学的な思考とかゆっくり文章を書く時と似ています。
システム1がTwitterでシステム2が論破って感じですよね。
無意識の影響
システム1で動いちゃうとミスが多いよねとダニエル・カーネマンは言います。
それは経済でもそうだよねと言ったりします。
システム1はどういう無意識の影響を受けるのかを、「ヒューリスティック」「バイアス」という言葉で表現しました。
いろいろなヒューリスティックやバイアスがあるんですけれども、代表的なものを今回持ってきました。
例えば、アンカリングです。
アンカリングとは何かというと、最初に知ったものの影響を受けやすいんですよね。
例えば、あんぱんの最初の値段設定を200円にして、「200円で買えるんだ」と思っていると他のところで500円で売っていたらなんか高いなと思って買う気がしなくなっちゃうというか。
日本で吉野家が500円で食べられる時に、アメリカに行って2000円だと、牛丼を食べたいのに食べる気がしなくなるじゃないですか。それと似ています。
でもパスタが最初に日本で2000円だったら、海外で500円とか1000円だったら安いなと思って食べる。本当は牛丼を食べたいのに、というのがアンカリングです。
本当のモノの値段とか物価とかいろいろ考えると妥当な値段だったりするのに、そう思えないというのはアンカリングというやつです。
代表性というのは、代表的なものに引っ張られてしまっている。
例えば近くに激安スーパーがあって卵がメチャ安いよとか、いつも買っている卵が10円でパンが100円とか、よく買うものが安いから「この店は全部安いんだ」と値段を見ずに買っていると、そういう習慣がついていると、洗剤が思いのほか高いとか、カレールーの高級バージョンが3倍くらいの値段がついていても気づかない。
気づかないというのが代表性というやつですね。
あと可能性のヒューリスティックというのは、自分が得やすいものを重視し過ぎるということですね。
例えば、火事と溺死、火事で燃え死ぬ人と溺れて死ぬ人どっちが多いですかと聞いた時に、多くの人は火事と答えるんですよ。それはなぜかというと、火事の方が印象に残りやすいし、火事が起きたというニュースの方がよく見るからですね。でも実際は溺死の方が多いんですね。
これを見ている方で溺死と答えた人もいるかもしれないけれども、例として挙げてますから。
手に入りやすい情報に引っ張られやすいというのが可能性のヒューリスティックと言ったりします。
あとバイアスというと何かというと「確証バイアス」というのがあって、自分が信じている情報は入りやすいんですよね。
例えば、陰謀論を信じている人で、納豆を食べると健康に良い。
納豆は1日、4個食べた方がいいんだと信じていると、納豆を食べると健康に悪いという情報は意識的に避けたり、無意識的に避けたり除外しやすいんですよ。
最近はSNSの効果がより顕著ですよね。
より自分が信じたいものだけ、自分が知りたい情報だけを手に入れやすいし、信じやすいというのは確証バイアスと呼びます。
あと「損失回避のバイアス」というのは何かというと、100円もらうよりも100円損する方が嫌なんですよね。それを損失回避バイアスとか言って、1万円もらって嬉しいというよりも、最初に1万円を渡したあと、1万円下げるからなと言われた方がなんか嫌なんですよね。
うまく言えないですけど。
給料をもらいながら、時々ボーナスをもらう時の方が嬉しいんですよ。
ボーナス分をボーナスで調整した方が良くて、最初から給料に含まれていて、調子が悪い年はボーナスがなくて給料を減らしちゃうと不満が募るというのが損失回避バイアスと呼ばれるものです。
これは人間の持っている脳の構造というか、本能的なものである種の普遍性があるんですよね。
それはシステム1というやつで、経済の世界というのは合理的に動くだろうと思われていたけれども、実はそうじゃなかったということを証明したのが、ダニエル・カーネマンで、ノーベル経済学賞を取ったということですね。
私は考えているんです?
でも、何かわかりますよね。
患者さんがよく「私は考えてるんです」「色んなこと考えてます」と言っても、考えているのはシステム1で考えてるだけであって、システム2で考えていないんですよね。
いや、将来のことが不安で将来のことをよく考えてるんですとか、人の気持ちが気になって人の気持ちを考えているんですと言っても、システム1で考えていることが多いんだよね。
もっとゆっくり、どうだからいろいろなことを考えてるし、いろいろなデータを集めてきてこうだから相手はこう思っているかもしれないとか、論理的に考えていく訓練が足りなくて、システム1だけで考えているからなかなか考えてるんだけどよくならないという感じです。
「それは考えていると言わないんだよ」とか言うと患者さんはメチャ怒るんですよね。
どういう言葉を使って説明したらいいのかずっと悩んでいたんですけども、システム2で考える訓練をしなきゃいけないよということだとわかりました。
トレーニング方法
パッと怒りやすい人、パッと不安になりやすい人はどういうトレーニングをしたらいいのかです。
僕も結構緊張しいだし焦りやすいんですよね。
救急や自分で臨床する時に焦ったら駄目なんですよね。
冷静になって指示を出さなきゃいけないし、クールダウンする。
速い思考で臨床したら絶対ミスりますから、そうじゃなくて冷静になって今こういう状況だから、こういう風に行動しようっていう遅い思考でやらなきゃいけないんですね。
救急の現場であっても、オペ中であってもシステム2でやらなきゃいけないですよね。医師というのは。当たり前ですけど。
「わ!血が出てるから止めよう」となっちゃいけないんですよね。
「血が出てる!止めよう」「呼吸がなんか浅い!酸素だ!」とかだと駄目なんですよ。
「今、血が出ているから止めてください」それで止めてる間に次にこれをやろうとゆっくり考えていく。
止めて、じゃあ今浅いからこれをやって、でも先にこっちをやった方がいいなとかゆっくり考える必要があるので、頭が真っ白にならずに考える癖をつけなきゃいけなかったんですね。
僕もトレーニングしましたね。
どうやってトレーニングしていくのかというと、速い思考で支配されそうな時は、一時停止をしなきゃいけないんですね。
あ、今システム1で支配されているゆっくりしよう、一回止まってシステム2で考えるように意識していく。
これができるようになるためには、システム1に支配されないように、普段からマインドフルネスの訓練をしていく必要があるんですね。
マインドフルネスでゆっくり呼吸を整える。
呼吸を整えながら、今自分の中に動いている感情とか心を見つめる。
システム1とシステム2を観察する訓練をするのがとても大事ですね。
システム2が弱い人、論理的に考えるとか数学的に考えるのが苦手な人たちがいますよね。
そういう人たちは論理的な思考を鍛える訓練をする必要があります。
精神科のカウンセリングは何かというと論理的思考を鍛えることなんですよね。基本的には。
だから何でカウンセリングをしているのかと言うと、速い思考を鍛えるんじゃなくて、システム2なんですよね。速い思考ではなくシステム2を鍛えるんです。
医師というのは一見冷たく見えるし、共感しないからなんか悪いやつに見えるんですよね。
でも情緒に引っ張られずに、システム1で考えているわけじゃなくて、僕らはシステム2で考えていて、システム2で考える、困った時にも2で考える習慣を身につける。それを鍛えることによって、嫌なことがあって不安になっても、「うっ」となるんだけど落ち着けて冷静に対応できるようになるわけですね。
この論理的思考を鍛えるためにカウンセリングをやったり、生い立ちを語ったり、これまで木曜日にやってきた精神療法をやったりするということなんじゃないかなと僕は思っています。
もちろん2だけでやって1をやらないということではないんですけれども、あくまで2がまずベースなんですよね。難しいね。
今回は木曜日の精神療法の最終回ということでこういう動画を撮りました。
この動画を撮ってるのがですね。5月31日ということでまだ5月中なんですけども、7~9月の全13回でコースを考えようと思っていますが、とりあえず今回木曜日はこれで終わりにしようと思います。
今回は精神療法について解説しました。
またどこかのタイミングで精神療法を扱う企画を立てようかなとは思います。
心について考察
2023.6.29