今日は「アルコール依存症の薬物治療」というテーマでお話しします。
アルコール依存症を治す薬は今は3種類しかありません。
こちらの3種類を今回説明します。
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セリンクロ
一般名は「ナルメフェン」で商品名が「セリンクロ」です。最近できた薬です。
この薬は少し特殊で、研修を受けた医師しか処方できません。処方のルールも厳しく決められています。
まず先にどのような機序でお酒の量を減らすのか、お酒を飲まなくさせるのかを説明します。
セリンクロは、「μ(ミュー)オピオイド受容体」と「κ(カッパー)オピオイド受容体」を阻害する薬です。
「オピオイド」という言葉は聞いたことがありませんか?
オピオイドとは麻薬や麻酔に関連するものです。ですから、麻薬のことをオピオイドと呼んだりします。
お酒を飲むとオピオイド系を刺激して、すごく快感物質が出るようになっています。
お酒を飲めば飲むほど、アルコール依存症に近づけば近づくほど、快感物質が普通の人よりたくさん出ると言われています。
セリンクロはオピオイド受容体をブロックしてしまいます。
μオピオイド受容体をブロックすることで気持ちよさを抑え、「飲んでも楽しくない」となります。
κオピオイド受容体は不快感を出す受容体だと言われています。
これをブロックすることで、お酒が抜けた後の不快感、「なんか嫌だな、飲みたいな」という感じを抑えます。
とても良い薬ですが、禁忌があります。
がんの疼痛管理などでオピオイドを使用している人には禁忌ですし、オピオイド自体にも依存性があったりします。ですから依存や麻薬中毒を起こしたことがあるような人にも禁忌です。
<処方の基準>
セリンクロはこのような人に出します。
・アルコール依存症の診断がついている
・今すぐ断酒しなければいけないというレベルではない
今すぐ断酒しなければいけない人とはどのような人かというと、入院による治療が必要な人、飲酒に伴って生じる問題が重篤で社会家庭生活が困難な人、臓器障害が重篤で飲酒による生命の危険がある人、現在緊急の治療を要するアルコール離脱症状(幻覚、振戦、せん妄)がある人になります。
ちんたらやっている場合ではないという人にはダメということです。
・飲酒量:男性60g/日、女性40g/日を超えている人
500mlの缶ビール3本でアルコールが60gになります。
僕もかつては毎日これくらい余裕で飲んでいましたが、全然ダメですね(現在は断酒しています)。
アルコールの量を調べるにはこのように計算します。
量(ml)×度数(%)× 0.8 = g
たとえば、7%のストロング缶350mlが3本、ウィスキーのダブルを3杯飲むと60gを超えます。
女性は1日40gですので、男性よりも少ないアルコールで依存症になりやすいということになります。
<飲酒量の変化の確認>
セリンクロを飲み始めたら毎日日記を付けてもらい、1ヶ月ごとに飲酒量を確認します。
そして3ヶ月ごとに評価をします。AUDITという評価基準を使うこともあります。
このように、どれくらいお酒が減っているかを確認します。
<治療目標>
治療目標は男性が40g/日、女性が20g/日となります。
6ヶ月以内にここまで抑えられていなかった場合は、セリンクロは効かないということで中止となります。
40gや20gで収まっている場合は、一年間継続してみて節酒を継続していきましょうということになります。もちろんその間は1ヶ月ごとに飲酒量をチェックします。
これくらいの量に抑えることが重要です。
でもやはりお酒はやめた方が良いです。
僕も先ほど1日に500ml缶3本を余裕で飲みますと言いましたが、昨年2020年6月5日から完全に断酒しています。
断酒は辛いのですが、健康のためには重要ですし、アルコール依存症の治療をする側ですからやめました。
とはいえ、依存症の人とは違ってやめやすかったので、謙虚にいきたいですが。
お酒は急にやめろと言われると皆さん困ります。
ですからまずは「節酒」からスタートしてみるのもひとつかと思います。
レグテクト
ただやはり、中途半端に飲むと気が大きくなって飲んでしまいます。
そこで断酒をしましょうとなると「レグテクト」になります。
一般名は「アカンプロサート」、商品名は「レグテクト」です。
レグテクトはグルタミン酸受容体やNMDA受容体を阻害する薬です。
お酒を飲むとグルタミン酸というところが過剰に興奮するのでそれを抑えます。
セリンクロと同じように、お酒を飲んでも楽しくなくさせる薬です。
これを飲み続けることで断酒しやすくなるということで出したりします。
ノックビン、シアナマイド
こちらは昔からある薬です。
一般名「ジスルフィラム」、商品名「ノックビン」
一般名「シアナミド」、商品名「シアナマイド」
アルコールはまず「アセトアルデヒド」に分解されます。
その後に「H2O(水)やCO2」に分解されて毒が取れます。
中間物質であるアセトアルデヒドが二日酔い、頭痛、顔が赤くなる原因となります。
これらの薬は、アセトアルデヒドが分解されることを止めることにより、飲むと気持ち悪くなる、二日酔いのような状態が続くのでお酒をやめられる、というものです。
この薬は結構危険です。
この薬を飲んでいてもお酒を飲んでしまった場合は、肝硬変になったり中毒症状が出てしまうことがあります。
本当にやめる意志がある人に、きちんと飲んでもらう薬です。
ちなみに、アルコールからアセトアルデヒドに分解されるときと、アセトアルデヒドからH2O、CO2に分解されるときは、分解酵素が違います。
よく「下戸」と呼ばれる人はどのような人かというと、アセトアルデヒドからH2O、CO2に分解する能力が弱い人です。
逆にお酒が強い人というのは、アセトアルデヒドからH2O、CO2に分解する速度が非常に速い人です。
お酒が強くて全然酔っ払わない人は、アルコールからアセトアルデヒドへの分解もアセトアルデヒドからH2O、CO2への分解も速い人です。
お酒を飲んでも全然酔わないし楽しくないという人はこのようなタイプです。
僕はあまり二日酔いにならないタイプだったのですが、アルコールからアセトアルデヒドへの分解は速くなく、アセトアルデヒドからH2O、CO2への分解は速いということで、飲んだらずっと気持ちが良いというタイプです。
二日酔いにはならず、朝起きてお酒が少し残っている場合は酔っ払っているような気持ちよさが残るタイプでした。
このようなタイプは二日酔いにならなくて良いなと思うかもしれませんが、一番アルコール依存症になりやすいと言われています。
とにかく、アセトアルデヒドの分解を止めることで、下戸のようになって頭痛がしたり気持ち悪くなったりするという薬です。
飲めば飲むほど分解が弱くなるので中毒症状を起こしやすくなります。
逆に、アルコール依存症の人で、薬はもらっていたけれどそんなのへっちゃらだったよという人は、主治医が加減してくれているのです。
「この人はお酒を飲むだろう」と思っているので、ブロックする力をそれほど強めていません。
ですから薬が効かないのではなく、主治医の先生の愛情だと思ってもらった方が良いかと思います。
今回はアルコール依存症の薬物治療をテーマに、3種類の薬について説明しました。
アルコール依存症
2021.12.10