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我々の命は猫1匹の命より価値がないのか?

01:51 概念化
05:35 「私の命に価値はない」の繰り返し
08:01 答えは平凡
10:05 世界は不思議

今日は「我々の命はネコ一匹の命より価値はないか?」をテーマにお話しします。

時事ネタなので扱ってみます。
この発言をした彼を非難するつもりもないですし、彼がどのような人かを言うつもりもありませんが、臨床的にはよくこのような話をします。

自分の命は意味がない、だから先生に治療してもらう価値がない、私は生きている意味なんてないのではないか、精神科の臨床では、姿かたちを変えて毎日そのような話をしています。

実際に他の患者さんとどのようなやりとりをしているのか、他の患者さんはどのように考え方が変わって自分の人生に価値を見出すようになったか?
生活保護の人、働いている人、独身の人、既婚の人、優秀な人、競争に勝つ力のない人、色々な人がその人なりの命の価値に気づいていくことで、治療が進んでいきます。

そのような話ができればと思います。

概念化

今回の話を概念化してお話しします。

・近い人には価値がある
自分の近くにいる人は価値があり、自分の遠くにいる人には価値がない、という考え方があります。
近い人は自分に快楽や利益を与えてくれる、優秀な人が近くにいてそうでない人は弾いている、という考えです。モブ(群衆)には価値がなく、近い人には価値がある。

・全員平等
その反対の考えが、全員が平等に価値があるというものです。
これも極端で、家族のように他の人も愛するなんてできません。
その教えに従って、発達障害の人には色々な人に親切を振りまいて苦労したり、心身をすり減らしそれができない自分を責めたりする人がいます。

どちらの考えも極端です。

・安易な功利主義、道具主義
臨床では、このような安易な功利主義や道具主義はよく見られます。

「功利主義」とは、自分にとって快であり利益があるものは意味がある、という考えです。快があることをやっていけば、神の見えざる手で人類の幸福度は全体的に上がっていくと考えます。

これをもう少し発展させると「道具主義」という言い方をされたりします。
社会にとって役立つものには価値がある、道具として利用価値があるものは理論であれ思想であれ、実際の物・サービスであれ価値があるというものです。

・思いつきで喋る
素人判断の思いつきでなんとなく喋っている、というのが臨床で起きる会話です。
ここには心の専門家や哲学への軽視があります。

もう少し深く考え学んでいけば、それが自分の独りよがりな理論だというのがわかるのですが、そこまでの発想に至らなかったりします。
患者さんたちが自分なりに悩んだ末の功利主義なので「安易」というのも何ですが。

学びを軽視しているという意味では「侮辱」的な要素もあるし、かといって自分なりに切磋琢磨して考えたことを「学びが足りない」と言うのも押し付けがましいことではあります。

と言いつつ、臨床は哲学の議論をするためのものではありません。

「私の命に価値はない」の繰り返し

「自分の命に価値はない」というのがどのように臨床で扱われているのかをお話しします。

・会い続ける
前提として、僕らは「連続的に会い続ける関係」です。
医師であれば再診の時間は5分前後ですが、カウンセラーであれば45分や50分と長くなります。ですが連続的に会い続けるという意味ではどちらも同じです。
占い師やお坊さんの説法のように1回や2回で終わることではなく、連続的に会い続ける必要があります。

・感動ポルノに価値はない
ですから、「話を聞いてもらって救われた」という感動ポルノのようなことがあってはいけません。
あっても良いのですがそれはおまけのようなもので、それ自体にはそれほど大きな価値はありません。それが1回あったから治療がパッと終わることはほとんどありません。

良いなと思う時もあれば、あまりうまくいっていない時もある。
共感をしてもらえたなと思う時もあれば、なんだか話が通じなかったなという時もある。
テーマが難しいですから、会話の中でしっくり通じ合うこともあれば、十分に言い切れなかったということは絶対にあります。

・家族でも教師でもない
家族や友人でもないし、生徒と教師の関係でもありません。
僕らが仲良くなることに価値があるわけではないし、「益田先生の言うことが理解できるようになったら卒業」ということもありません。

精神医学のことを知った方がうまくいくと僕は言っていますが、だからといってそれを学び終えたら治療が終わるということはありません。
前提条件としての知識は必要なので、このような動画を使っているということです。でも教師ではありません。

答えは平凡

「どこに答えがあるのか」や「再現性とはどういうものか」ということに関しては難しいです。
患者さんごとに違うので毎回手探りです。
どのようなきっかけでその人が自分の命の価値に気づけるのは毎回違います。

結婚している人もいれば独身の人もいますし、会社員の人もいれば生活保護の人もいます。モテる人もいればそうでもない人もいるし、優秀な人もいれば競争に負けやすい人もいます。気が強い人もいれば気が弱い人もいる。親子の仲が良い人もいれば虐待されてきた人もいます。

みんな違いますが、みんなに価値があり、それに自分なりのアプローチで気づくことが大事です。

答えは結構平凡だったりします。
どのようなきっかけで自分の命や人生に気づくのかは毎回違いますし、その答えやアプローチの仕方は意外と平凡だったりします。
ちょっと友達に褒められた、twitterでいいねが増えた、上司から褒められた、あの映画で救われた、など。

コップの水がどこかで溢れるように、何らかの積み重ねがあって溢れるのだと思いますが、その最後の一滴というのは案外平凡なものです。

世界は不思議

世界というのはやはり不思議です。

僕らから見れば遠くにいる人は「モブ」に見えます。ですが、その人たちは僕と同じくらい、または僕よりも複雑なものを考えています。
そして彼らは彼らの近くの人を尊重し、遠くにいる僕はモブに成り下がります。

そのような複雑な絡み合いの中で世界は成り立っています。
だから一期一会が面白いですし、とても不思議です。

世界はとても深くて重厚で、モブなんかいない、ということになります。
でもモブに見えるという不思議なことが起きています。


2021.8.21

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