今日は「調子が悪くても『良いです』と言ってしまう人」に向けて動画を撮ります。
若い治療者の方にも、このような患者さんにどういう対応したら良いのかをお話しできればと思います。
実際、このような患者さんは多いです。自分の気持ちや本音を診察室で言えないのです。
この問題について、僕が思う3つの大事なポイントを解説します。
コンテンツ
「屏風の虎」を捕まえることはできない
「屏風の虎」とは、一休さんのお話です。
一休さんとは昔のお坊さんで、とんちが上手な人でした。
ある日のこと、一休さんは将軍様に「この屏風の中にいる虎が、夜中に出 てきて城を荒らしてしまう。捕まえてくれないか」と謎を問いかけられます。
一休さんは「わかりました。捕まえますから屏風の中の虎を出してください」と返します。
将軍様はその答えに満足して、褒美を出したという話です。
困っているのはわかるのですが、それが出てこないと対応できません。
僕らも、患者さんが訴えていないものにはお答えすることができないのです。精神科医は神様でもなんでもありません。
言葉に出してくれたものであればお答えできますが、出していないものについてはお答えすることができません。
治療構造の見直し
「言えないのが私の症状で、それを出すのが医師の仕事なのでは?」と思われるかもしれません。
自分の辛さ苦しさを言い出せないから苦しいということはあります。
その場合は、そもそもの「治療構造」を見直すべきです。
精神科の外来は「5分診療」と揶揄されますが、その短い時間の雑談で気づきを得る、ヒントをもらうのが精神科外来です。その中で診断も薬の処方も行います。
もしこの構造でうまくいかない場合は、治療構造を見直す必要があります。
もっと時間を取れたらリラックスして喋れるのにということであれば、自費にはなりますが、カウンセリングが必要になります。
カウンセリングも、来たい時だけ来るとか月一回ではあまり喋れないから本音を言えないということであれば、その頻度を増やす必要があります。
一般の外来も月一回ではなくもっと増やすこともできます。
他には看護師さんによる認知行動療法もありますが、これはあまり一般的ではありません。
訪問看護を使う、就労移行施設を使う、デイケアを重ねるといったパターンもあります。
このように、外来だけでなんとかしようとするのではなく、治療構造を見直す必要もあると思います。
他のオプションを足すことで、話しにくい人が話しやすい空間を作ることが重要です。
・追いかけることで悪化?
医者側から詰め寄っていく、話しかけるということもできるのですが、追いかけすぎることで悪化することがあります。
患者さんが話す準備がない時にこちらから話すように促すと、かえって悪化してしまうこともあります。また、いつもがいつもできるわけではないので、「いつも話しかけてくれるのに、今日は話しかけてくれないからどうしよう」などいろいろな問題が起こります。
長い目で見るとあまり良いことがないことの方が多いのです。
もちろん、ドクターごとの臨床スタイルや患者さん自身の問題、相性などいろいろありますが、原則としては医師が追いかけていって悩みを聞き出す事はありません。
見逃し注意
それだと、重大なことを見逃してしまうのではと思われるかもしれません。
なので、以下の場合は細心の注意を払います。
・統合失調症の幻覚妄想状態
特に幻覚妄想の初期です。妄想が出てきて薬を飲まなくなった、被毒妄想が出てきている。薬をもらっているのだけど全然家で飲んでいないので、山ほど溜まってしまうということがあります。
このような場合はきちんと聞かないといけません。
・双極性障害
うつでも躁でもこれを隠します。診察室では隠すことが多いのでこれも注意が必要です。
・うつ病
うつ病も病状を隠してしまうので注意が必要です。
治療がうまくいかない場合、薬を飲めなくなった場合は入院を検討しなければならないと思います。
・虐待
虐待関係で通院されている方で、虐待は止まっていると思っていたけれど実は続いているパターンもあります。子供や妻への性的虐待、暴力などいろいろあります。
この人はそういうことがあるかもしれないな、と普段からアンテナを張っておくとわかります。ですから、きちんと診断をすることが大事です。
子供の場合は通報義務がありますが、これもケースバイケースです。藪蛇になることもあるので、うまくやる必要があります。
・アルコール、摂食障害
これらは否認が多い病気です。アルコール、ギャンブル、摂食障害、自傷行為などは否認をすることが多いので、「良いです」と言っていてももう少し踏み込む必要があります。
ただし、あまり踏み込むとそれはそれでトラブルが起きてしまうので、加減が重要です。
治療の主体は本人自身
一般的な不安神経症に対しては、あまり追いかけていかないと思います。
パーソナリティー障害の人もケースバイケースです。基本はそれほど追いかけません。
ギリギリの場合はちゃんと言いますが、まだ「遊び」の範囲であれば様子を見ます。
なぜかと言うと、治療の主体は「本人自身」なのです。
本人自身であるということをきちんと伝えなければなりません。僕らは教育ママが「勉強しなさい」と言うように「治療しなさい」と言う事はしないですし、そのようなことをしたらかえって治療はうまくいきません。
「治療を受けなくても良いんだよ」というゆるい感じにしておいて、興味が出てきたら少し出すという形にしないと、あまりうまくいかないのではと僕は思っています。
今日は調子が悪くても「良いです」と言ってしまう患者さんに対して、このようなことを考えているということをお話ししました。
心について考察
2021.9.17