今日は「嫌な記憶・感情への対処法」について解 説します。
トラウマ治療のお話です。
トラウマといってもPTSDがある人(フラッシュバック、回避、感情の麻痺、過覚醒)だけでなく、「しこり」がある人はたくさんいらっしゃると思います。
PTSDほどの症状はないけれど、日常生活をなんとなく楽しめない、過去の嫌な記憶のせいでふとした瞬間に絶望に襲われるという人は多くいると思います。
そのような人たちに対して、どのような治療をしたら良いのかというお話をします。
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嫌な記憶
そもそも「嫌な記憶」とは何なのでしょうか。
人間の心というのはもちろん「脳みそ」です。
脳が作り上げている幻想、プログラムです。
脳みそにおける「心」の部分はどのような機能から成り立つかというと、
・合理的判断をする部分
・感情を司る部分
・記憶を司る部分
これらのパーツを重ね合わせてふわっと浮き上がってくるのが人間の「心」です。
もちろん、合理的な判断は前頭葉、記憶は海馬、感情は大脳辺縁系など色々な言い方をしますが、単純にそのような場所で決まっているというよりは、もう少しミックスされて複雑なものです。ですが今回は、わかりやすく3分割しています。
この「記憶」の部分が馬鹿になってしまっているというのが、トラウマの本質です。
人間というか動物は、大事な情報は忘れないように作られています。
危険な場所、危険な動物、危険な食べ物は、一度嫌な思いをしたら忘れないようにできています。
人間が猿のときに「あそこの崖に行ったら、川に落ちそうになって死にそうな思いをした」ということがあったら、子供の時のことでも一生覚えています。
蛇に噛まれたら蛇は一生怖いですし、お腹を下したことのある果物を見たら絶対食べないように一生覚えています。
逆に、楽しいことはあまり覚えないようにできています。
「あの場所に行ったらリンゴがたくさん採れた」ということを覚えていても、翌年にはたくさん実るかどうかわかりませんし、命の危険には関係ないので忘れやすいです。
でも「恐怖体験」は忘れないようにできています。
それが病的に忘れられないのです。
「あんなことあったな」「あんな悪いことしてしまったな」と僕らも思い出すことがあると思いますが、そのレベルを超えて恐怖として残ってしまうものがトラウマです。
普通であればなんとなく思い出して「あのとき嫌だったな」「あのとき怖かったな」と思うのですが、そうではなくまさに目の前で起きているかのような体験をしてしまいます。
夢を見ているときにその時の恐怖体験をリアルに思い出すこともあれば、日中にパッと白昼夢のように思い出すこともあります。
なんとなく日常で思い出すくらいではあまりトラウマとは言いません。
街を歩いていてふとした瞬間にわっと思い出して頭を抱えてしまうこともあれば、信号を見ただけで恐怖体験を思い出し動悸が激しくなるけれどなんとなく信号を渡れるという程度もあります。
もう少し軽くなってくると、ふとした瞬間に思い出して「あの時怖かったな、もう車には乗りたくないな」と少し涙がにじむくらいのこともあります。
このように程度の差はありますが、恐怖体験が大きいものを「トラウマ」と言ったりします。
治療
トラウマは「記憶」に関わることです。
恐怖体験のあまり脳が記憶を忘れないというのが病気の本質なので、この記憶を客観視してそれに囚われないようにします。
また、記憶を上書きしていくことで、それは危険な体験ではないということを自分に再学習させていくのが治療の本質です。
記憶に対して「それは安全だ」という記憶で上書きしていきます。
交通事故にあった人であれば、「交通事故は滅多にないから大丈夫」と記憶を上書きしていきます。
男性に暴力を振るわれたことのある人であれば、「あの人はたまたまそのような人だった、他の人は大丈夫」だということを言い聞かせてあげるのが治療となります。
そして客観的に見ます。
もうそれは二度と起きない。確かに一回はあったかもしれないけれど、もう二度と起こり得ないのだということをきちんと理解することが重要です。
一人だと難しいので、治療者とそのようなトレーニングをします。
なぜうまくいかないのか
上記がトラウマの本質であり治療法ですが、なぜそれがうまくいかないのでしょうか。
上手くいかない理由はたくさんありますが、よくあるケースを3つ挙げています。
・安全な場所を確保できていない
問題がそもそも現在進行形であったり、治療構造がしっかりできていないということがあります。
例えばパワハラを受けて傷ついた場合、その会社に属している限り解決しないということがあります。
会社にパワハラを訴えても聞いてもらえない、上司とあなたで好きにやってくださいと切り離されてしまうなど色々なパターンがあります。
とにかくまだ終わっていないのです。
過去のことではなく、現在進行形でトラブルが起きている場合はまだ安全な場所とは言えないので心が癒されていきません。まずはその問題を解決しなければなりません。
安全な場所だと言っても、治療者が話を聞く態度がなく、診察時間も1、2分で「はい、次ね」とか、話そうと思った瞬間に「あなた話が長そうね、薬を出すからカウンセラーを見つけてください」などとやっていたら上手くいきません。
安全な場所を確保できる治療スタイルを作ることが重要です。
・上書きの塩梅がわからない
「交通事故にあったかもしれないけれど、二度と起きないでしょう、でも本当にそうなんですか?」ということです。
どれくらい安全確認をすれば良いかという塩梅がわからないのです。
もう二度と起きないからシートベルトをしなくて良いのですか、というとそんなことにもなりません。
交通事故であれば客観視しやすいですが、男性恐怖の場合、家族だったら安心できますよね、でも友達はどうなんですか、合コンで知り合った男性は良いのですか、合コンで知り合った男性だけれど学生だと危ないですか、社会人なら良いのですか、一部上場企業に勤めている人ならば安全なのですかなど塩梅がよくわかりません。
これはいろいろな人のケースを見なければわからず、経験値のバリエーションを増やさなければなりません。
治療者と患者さんと2人だけで話していても、バリエーションがとても狭くなってしまいます。
ですから、「グループケア」で同じような経験をした人たちと話し合うということがすごく重要ですし、治療効果も高いです。
ですが、実際にそのような安全なグループがあるかというと、見つけるのが難しかったり、見つけたとしても通うのが難しかったりします。
グループを作るのは難しいのです。僕もコロナ前は座談会をやっていましたがなかなか難しいことです。
人を集めることもそうですし、グループの中で僕がリーダーをやり続けたら僕が潰れてしまいます。かといって僕の代わりのリーダーを作ろうとするとそれも結構難しいです。
ましてやボランティアでやろうとすると本当に骨が折れるので、理想なのですがそれを作り上げるのは難しいなと思います。
本当はこのような人のためにそういうものを提供してあげたいですし、Zoomなどネットを介してうまくできればと思いますが、なかなかグループリーダーをやれるような人を作る、そして彼らの報酬をしっかり設定するのは難しいなと思います。
・客観的に考えることの困難
トラウマ体験がとても強烈なものだったので、客観視できないわけです。
記憶が強すぎて、合理的判断や感情が支配されてしまっているのです。
本人の体質の問題もあります。
知的な能力が低く客観視することが苦手だったり、発達の問題で客観視が弱い場合もあります。
今で言うHSP(精神医学用語ではありません)で過敏で不安を感じやすい人の場合は、トラウマを客観視しようとしても過敏なためにウワッとなってしまい、蓋をする以外解決策がないと思い込んでいる場合もあります。
・その他
うつ病と合併している場合は、うつ病そのものをまずは治療していかなければなりません。
その場合はなかなかうまくいかなかったりします。
うつ病がある場合は、トラウマをケアしようと思ってもなかなかうまくいかないので、まずはうつ病を治していきます。
うつ病は脳の中の「感情」の部分の病気です。
記憶にも障害があり感情にも障害があるとなると、合理的判断だけで奮闘しようとしても難しいのです。
うつ病との合併がある場合は、感情の部分を薬でしっかり治していくことが重要です。
前向きになる考え方
2021.11.29