東西線「早稲田駅」徒歩1分。夜間・土曜も診療。心療内科・精神科。自立支援対応

WEB予約こちら

ご予約・お問い合わせはお気軽にどうぞ

03-6233-9538

予約制(当日予約可)/ 木・日・祝休診

0362339538
初診WEB予約

  

ご予約・お問い合わせ

03-6233-9538

精神科医は患者さんのことをどう考えている? 患者さんによって好みは?

00:30 どんな表情にも見える
02:18 どんな気持ちを重 ねている?
06:00 患者さんによって変えること
07:14 医師は何をしているのか

今日は「主治医は何を考えている? 患者さんによって好みはある?」というテーマでお話しします。

よく患者さんは「主治医の先生は今日は怒っているのかな」「今日は怖いな」「今日は優しいな」など、いろいろな思いを抱きます。

どんな表情にも見える

実際、医師側はどう考えているかと言うと、別に何も考えていません。
普段通りです。

この患者さんにはすごく時間を取っているから益田先生の好みなのかなとか、僕は診察時間が短いから益田先生に好かれていないのかななど患者さんは思うのですが、特にそういうこともありません。

日常的なことなので、好き嫌いや何を考えているなど特にありません。

患者さんは、今の気持ちを重ね合わせて主治医の表情がいろいろな表情に見えるようです。
モナリザのようでもあります。

何かを考えているときや気持ちはあります。患者さんの話の中の一部や全体で、こちらの心の何かを動かされることもあります。
ですが、往々にして当てられることはほとんどありません。
患者さんはだいたい主治医の気持ちを当てることはありません。

逆に、主治医の気持ちがわかるころには治療が終わっているのだと思います。
良くなって視野が広がり、こちらが何を考えているのかがわかるようになるのだと思いますが、だいたい調子が悪い時は当たっていないです。これは経験上明らかです。

どんな気持ちを重ねている?

患者さんはこちら側に自分の気持ちを重ねるのですが、このような気持ちを重ねています。

・被害的、対抗(転移)
すごく被害的に感じてしまうことがあります。
意地悪をする人なのではないか、こちらを助けるつもりがないのではないか、この人の言っていることは全部間違っているのではないか、反発しなければいけない、対抗しなければいけないと思っている。

このようなことを「転移」と言います。
自分の中にあるイメージを相手に重ねてそのように感じます。

パワハラを受けたことのある人が、「この人もパワハラをするのではないか」と思ったり、厳しい父親に育てられた人が、「この医師も厳しい人なのではないか」など、自分の中のものを重ねたりします。
またある種の欲望、この人は助けてくれるのではないか、この人は優しい人なのではないかと重ねて転移をすることで過度に理想化したり、過度に悪者に感じたりすることがあります。

これは弱っているときは特に起きます。
弱っている時や悩んでいるときは真実の姿を見ることができず、自分の気持ちを重ねて相手を見てしまうことがあります。
こういったものを転移と言います。

・悲しんでいる、疲れている(投影)
「投影」というものもありまして、自分が今感じている気持ちを相手が感じているように思うことを投影と言います。
自分が悲しい時に相手を悲しませているように見える、自分の不幸な話をして困っているときに、その話を聞かされた医師も困っているのではないかと思ったりします。
自分が疲れているときに、相手を疲れさせたのではないかなどと思います。

でもこちらは仕事なので、そんなに困っていなければそんなに疲れてもいません。
話を聞いていたりするので多少は疲れますが、そのくらいです。

・逆転移:申し訳ない
医師側が過度に思うことを「逆転移」と言います。
これは医師側の問題であることもあれば、患者さんによって医師が感情を動かされてしまっている、操作されている結果ということもあります。

申し訳なさを感じている時、自分がふがいないと思っている時、自分が治療者として劣っている、弱々しいものだ、患者さんを治せていないことにすごく罪悪感を感じる時は、自分自身の問題かもしれないが、患者さんに引き起こされていることもあります。
こういったことも2人の関係を考える上で非常に重要な道具だと思います。

何が言いたいかと言うと、いろいろなように見えるということです。

いろいろなように見えますしいろいろな言い方もできるので、科学ではないと言われます。
それは先生がそう言っているだけで、どこに客観的な事実があるのですかと言われたりします。そう言われたらそうなのですが、そういうものです。このようなことはよくあります。

立証のしようはないのですが、そういうことだよねという代表例です。

患者さんによって変えること

こちらは何も動かないので患者さんによって態度も変えないのかと言うと、それも違います。

当たり前ですが、デリケートな患者さんの時はデリケートだからと気を遣い、不躾なことを言わないようにすごく丁寧に話しますし、怒りやすい患者さんもいるので丁寧に話します。

逆に知的な議論を好むような人もいれば、世間話をしに来るおじいちゃんやおばあちゃんもいます。
安定している人はそのような話をしたりします。

このように変えてはいますが限界はあります。
僕もそれほど臨機応変にできなかったりするので、変えつつも自分のテリトリーの中でやっているという感じです。

デリケートだから嫌い、安定してるから好きということでもありません。
全員がデリケートでも疲れますし、全員が安定していても手ごたえがありません。

医師は何をしているのか

では医師は何をしてくれるのですか、あなたはプロなのですか、医師は薬だけ出してくれたら良いんですよなどよく言いますが、それは極論だなという気がします。

患者さんと喋っていて僕も思いついたのですが、医師・治療者・カウンセラーとは何かと言うと、相談に乗ってくれる「友達」よりは「教師」や何かを知っている側ですし、でも教師というよりはもう少し人間味があるというか、相談に乗ってくれる仲の良い友人のような存在です。
仙人や教祖でもありませんし、家族ほど身近でもありません。

家族や友人は心で考えたりしますし、対個人として1対1の人間関係で付き合います。
ですが、教師側にくると理屈やアルゴリズムで考えますし、「役割」としてその人と接します。

僕らは医師という役割でもありますが同時に個人でもありますので、ちょうど良いバランスです。
役割を演じているだけにしては1対1の人間として親密なものも持ちますが、友人や家族とは違います。そのような存在です。

理屈で治療はできないし、かといって心では治療はできません。
このニュアンスはわかりにくいかなと思います。

ではプロフェッショナルな部分は何かというと、普段の生の会話から「こういうことなのではないか」「このようにやれば良いのではないか」「この人はこういう人なのでは」「こういう疾患なのではないか」「この疾患の人にはこう話した方が良いのではないか」といった理論を抽出し、それをまた生の会話に持ち込んでいって、ということをぐるぐる繰り返しています。そのような仕事です。

気持ちも揺れてはいますが、あくまで仕事としてやっています。
患者さんはいろいろなことを考えますが、患者さんが考えているほどこちらは考えていません。患者さんはこう考えているんだな、ということを考えながら理論を応用していきます。このようなやり方です。


2021.12.16

© 2018 早稲田メンタルクリニック All Rights Reserved.