本日は「自分だけの空間」というテーマでお話しします。
実際には自分だけの空間を作るというよりは、適切にどのように距離を取るのか、ということをお話ししようと思います。
僕自身も「自分だけの空間があったらな」とよく思っていました。
誰にも邪魔されずに自分でものを考えたり、発表したりできる自分だけの場所、空中庭園のようなものにすごく憧れていました。
それはどんな人も憧れると思います。
思春期になり、親というものから離れて自由にいられたら…そういう場所を欲しがります。
それは1人部屋がないから、お金を稼いでいないからということではなく、人間が皆通過する幻想です。
それが実際大人になり、仕事をするようになりそして開業し、今こうやって自分のクリニックがあり、自分だけの空間ができたとも言えますが、それは決して密室ではありません。
「自分の空間」というのは、自分だけの空間があるのではなく、密室ではなく、「きちんと距離が取れている」ということです。整合性のあった空間だということです。
ですから、「自分だけの空間」というのはすなわち「距離を取りましょう」ということです。
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ひとりが楽。でも…
患者さんは距離を取ったりすることが苦手で、すごく近くに寄られるか、すごく離れるかの白黒によくなります。
ですから、人が近くにいるときの辛さをよく語ります。
「だからひとりが楽なんです」とよく語りますが、「ひとりだと辛い」ということも同時に語ります。
どちらが良いのでしょうかとよく患者さんは言いますが、どちらが良いではなく、単純にどう距離を適切に取るか、という話です。
どっちというわけではありません。
ひとりが楽と言う患者さんの特徴としては、
・頼られやすい人
・仕事を押し付けられる人
・利用されやすい人
・組織に染まりやすい人
このような人は適切に距離を取れないので結果的に疲れてしまいます。
そのような人は最初は頑張るのですが、ある瞬間にリセット癖のような形で切ってしまうこともあります。
SNSを切ってしまう、人との連絡を絶ってしまう、ということも結構あります。
患者さんは、「益田先生はそう言うかもしれませんが、私は本当にひとりが楽なんです」「ひとりになりたいんです」と言います。
「そもそも僕はASDっぽいのでひとりが良いんですよね」と言う人もいます。
そうと言えばそうなのですが、それなりに人との付き合いは必要です。
なぜなら無人島で暮らせますかという話です。暮らせないですよね。
ですから、どのように適切な距離を取るかが大事です。
治療において大事なことは「心身のバランスを整える」ということです。
規則正しい生活をする、お酒を飲みすぎない、睡眠時間をしっかり取る。
そして「概念を知る」。
知識を身に付けていく、病気のことを知る、自分のことを理解していく、他人・業界のことを知る。知識を身に付けることでしなやかに考えていくことができる、そのような概念を鍛える。
あとは「人との関係」です。
心地よい人間関係を作ります。
この3つが治療で大事なことです。
心地よい人間関係というのは、適切な距離を取っているということですから無視はできません。
僕は診察室で「それはちゃんと距離を取ったら?」とよく言います。
それは近づきすぎているから距離を取った方が良いよ、逆に遠くに行き過ぎているからちょっと近づいた方がよく見えるよ、みたいなことは言います。
「焦点」みたいなものです。
近すぎると相手のことが見えませんし、遠すぎても見えません。
適切な距離で相手を見て判断した方が良いということがあります。
適切な距離をどう取る?
適切な距離はどのように取れば良いでしょうか。
・時間
どのような時間に出会うのか、何分その人と過ごすのか、会議をするときはどうするのか。
LINEが来ても○時以降は返さない、やりとりをしても10分以上は使わない、といったことです。
・物理的な距離/場所
物理的な距離をどれくらい取るのか、こういう場所でしか会わないということを決めます。
職場の上司だけれどプライベートでは会わない、会社だけで会う。
公私を混合しないことが大事です。疲れてしまいます。
・できること(自己理解)
自分ができることを明確にしていきます。つまり自己理解を進めていくということです。
・目的、目標(他者理解)
何のための集まりか、なぜこの人と一緒にいるのかという目的や目標を明確にしていく。つまり他者や組織の理解が必要です。
そして、それに合わせてしなやかに柔軟に考えていくことが重要です。
これだけ言ってもよくわからないと思いますので、具体例でお話しします。
距離の取り方の例:医療現場
医療の現場ではどのように適正な距離を取っているのか。
患者さんは「助けて欲しい」と言います。
助けて欲しくて混乱していて困惑しています。
溺れている人と一緒でとにかくしがみつきたいのです。
何かにくっつかないと死んでしまうと思っているのですが、くっつかれたらこちらも泳げなくなってしまいます。
くっつかれたら泳げなくなってしまうので、やはり適正な距離が必要です。
相手の不安を抑えて、苦しいかもしれないけど自分で少し泳いでみる、浮き輪を使ってしんどいけれどしがみついてもらう、そういうことです。
くっつきたいのですが、くっつき過ぎたら救えません。
そして、僕らは医療や福祉の限界を知る必要があります。
限界を熟知した上で適切なアプローチをする。
現代の医療、現代の科学、現在の日本の医療・福祉制度の中で適切なものを渡します。
それはもしかしたら患者さんにとっては不十分なものかもしれませんが、ベストを尽くすということだと思います。
時間に関して言うと、精神科の診察は初診30分+α、再診5分+αという前提としての縛りがありますので、その中で頑張る。それが足りないのであれば、アポを取り直す、福祉制度を利用するなどいろいろなものを使う必要があります。
患者さんは不安なので、泣いていたら慰めて欲しいですし、肩をたたいて欲しいかもしれません。
診察室以外でも会いたいかもしれない。でもそれはダメです。診察室の中だけで行います。
そして、自分たちができることを理解しておきます。
医療制度や医療の知識、精神医学、心理学の有効性と限界性を熟知しておく必要があります。福祉制度もそうです。
何のために治療をしているのか、この人の治療のゴールはどこか、ということを意識しながらやることがとても重要です。
距離の取り方の例:学校
学校も同じです。
学校の先生だから全部やれというのは無理です。
昔は「休みの日も」というのはありました。
そういう世界でしたが、今は時間を区切る、学校でしか会わない、ということをちゃんとやっていると思います。
教師ができること、教育ができることの限界を知る必要があります。
目的や目標もある程度共有した方が良いと思います。
でも親御さんは「教育者はここまでしなければいけないのではないか」と言ったり、昔ながらの価値観の上司だと「教員とはこうあるべきだ」という「べき論」を押し付けてくることがあります。
そのべき論に押されて、教師の方をよく診療しています。
それに耐えかねて子どもにその責任を転嫁してしまうことがあります。
「自分たちはこうやっているから、宿題ができないのは君たちのせいだろう」「成績が上がらないのは勉強していないからだろう」と言って、その責任に耐えかねて宿題など他の何かに変換してしまうことがあります。
親もそうです。
自分たちが期待したほど子どもが成長しない時、競争に負けている時に、親も不安になって子どもに過度な宿題を与えてしまうことがあります。
それってどうなんですか、という問題はあります。
距離の取り方もありますが、教師ー親ー子ども、という並びだと、親は後ろに行きすぎると子どもに詰めすぎ、前に行きすぎると学校の先生にぶつかってしまいます。適正な距離を取ります。
距離の取り方の例:会社
会社の場合は仕事をどれくらいするかによります。
契約書以上の仕事をする必要があるのかということもありますし、契約書は契約書で過度に書いていることもあります。
距離の取り方は難しいです。
「みんなに迷惑がかかるのでは」「私がやらないといけない」となるのですが、そもそもあなたに仕事が寄りすぎではないか、そういう仕事の振り方は上司や社長の責任なのでは、という視点も大事です。
給料以上に働かないというのはとても重要です。
給料よりはちょっと働いた方が良いです。給料並みにしか働かないと、人間関係があまり上手く行きません。
給料+お裾分けくらいで働くのが一番良いと思います。
上司や社長の責任もありますから、そこら辺も考えながら距離を取ってもらえれば良いのではと思います。
漠然とした話になってしまいましたね。
でもこういう話をすると、患者さんは「距離って何ですか?」と目から鱗のようなことが多いです。
ですから今回は、自分だけの空間、距離の取り方、というお話をしました。
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2022.4.15