本日は「自意識とは何か」「私とは何か」というテーマでお話しします。
予備知識なしでわかる精神医学シリーズの第3弾です。
第3弾といっても第1弾から見なければわからないということではありません。途中から見てもわかります。
「自分とは何か」ということは重要です。
こと精神医学においては重要ではないかと思います。
精神医学は心の病気と言いつつ脳の病気です。ただ、脳の病気と言っても脳腫瘍や脳卒中など脳外科の領域の問題は扱いません。
脳梗塞後で失語がある、手が動きにくくなるなどの問題があったときは、精神科ではなく神経内科、脳神経外科が治療にあたります。
精神科で扱う脳というのは、自意識、自分とは何か、意識の問題、意識に関わる異常などになります。
普通の人はあまり意識しないですよね。
脳の病気と言ったら精神科なのか神経内科なのかよくわかりませんし、同じものを扱っているのではないかという気がするのではと思いますが、実は結構違います。
脳の働きの中で自分や意識に関わる領域はごくごく一部です。
脳みそがやっていることは、心臓を動かしたり体の調子を整えたり、それらを監視したり、自動で手を動かしたり反射で逃げたり、色々なことをしています。
自分とは何かという意識に関わる部分は、実は脳の働きの中ではごく一部です。
情動をどのように扱うかということですが、「情動はこうしてつくられる」(リサ・フェルドマン・バレット著/紀伊国屋書店)という本をベースに説明しようと思います。
まだまだ議論が分かれていて、「私とは何か」という問いに明確な答えはありません。
ただこの本の内容がすっきりとしてわかりやすいので、こちらをベースに説明します。
余談ですが(前置きが長すぎますね)、心とは何か、私とは何か、脳とは何かを説明するのに、一言では説明がつきません。
どう言えば「一言で説明がつかない」ということを理解してもらえるかというと、「東京を説明してください」と言われるようなものです。
東京を説明してくれと言われても、なかなか説明しにくいですよね。
「日本の首都です」と言うだけだと、そうと言えばそうですが何か物足りない感じがします。
「東京タワーがあって、人がいっぱい住んでいて、テレビ局もあって、経済の中心です」と言っても、そうなんだろうなという気はするけれど何か物足りない感じがします。
「ラーメン屋が多くて、ラーメン二郎があります」と言うと、ラーメンが好きな人にとっては東京らしさが出てくるかもしれないけれど、他の人にとってはいまいちよくわかりません。その情報いる?という感じです。
ですから複雑なのです。
東京を説明しろと言われても、言葉で説明するのはとても難しい。こういう機能があります、こんな建物があってこんな人が住んでいますという大量のデータを渡されても、人間の認知では追いつきません。
過去の歴史まで含めると勉強しても勉強しても終わりません。
知っても知っても追いつかないのが東京というものです。
脳みそもそうで、脳の働きとは何ですか、私とは何ですか、ということを説明しようとすると大量の情報になってしまいます。
ですからなかなか説明しようとしてもできないのです。
抽象的にコンパクトにまとめるのであれば、「東京タワーがありますよ」というような形で「私とはこういうものですよ」と説明するということになります。
わかりますかね?
科学的に厳密ではないことを今から僕は説明する、ということです。
ただ、知識がない人にとってはこういう説明はすんなり理解できるのではないかと思います。
■出来事とアウトプット
人間は目や耳から情報が入ってくるなど、何か出来事があったときに、脳の神経回路が活動して「気分」というものがアウトプットされます。
出来事があって、心臓などの自律神経系に作用し、それが脳神経に伝わり「気分」というものが出てきます。
何かがあって何かがアウトプットされるのが人間の脳の働きです。
体調と脳の関係が密接にリンクしているということが、わかるようでわかりにくいです。
体調が悪い時は落ち込みやすい、そういうレベルだと何となくそうかなという気もすると思います。
ですが、体調が悪いことが自分の意思決定まで左右しているとは思わないですよね。
体調が悪いと気分が悪いですし、なんとなく頭の回転が悪いかもしれないけれど、「私」という意識まで変わるとは思いません。
でも、例えば「つり橋効果」をご存知でしょうか?
つり橋効果とは、ドキドキしているときに魅力的な異性がいると好きになってしまう。「恋をしているのかも」と錯覚してしまう。
心臓がドキドキしているときに誰か異性といると、自分は好きということなんだと脳が勘違いしてしまいます。
このように人間の意識は体調が影響していますし、それによって判断も狂ったりします。
また、心臓がドキドキしていると不安を感じていると錯覚し、さらに不安になってしまいます。
そうすると「おかしいおかしい」と思ってどんどん鼓動が早くなり、色々なことに不安を感じるようになります。これが不安障害です。
ですから体調と神経回路は関係しているのです。
■脳の内部活動
こういう状況で心臓がバクバクしているということは、何か不安なのかもしれない。
こういう状況で心臓がバクバクしているということは、好きかもしれない。
このように思っているのはどういうことかと言うと、脳は「内部活動」をしているということです。
放っておいてもずっと頭は動いています。
それはそうですよね。目を閉じている時も頭は動いています。
夢を見ている時も頭は動いています。
人間は情報が入って来なくても頭の中は常に動いています。
何をしているのかと言うと、「予測」をしています。
次はどんなことが起きるのだろうと常に予測をしています。
また、必要な情報と不要な情報を分けたりしています。
こういった働きを「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)が活動している」と言います。
脳は常に動いているので、心臓がドキドキしたときに「何か変かもしれない」「これは過去の記憶と合わせると不安を感じているということだ」と判断して気分が出てくる。
過去の記憶から、「異性といるときにドキドキしているということは、自分は好きなんだ、恋に落ちているということなんだ」と判断して好きになってしまうということです。
■神経回路
過去の記憶や「こういう風に考えがちだ」という神経回路はどのように出来上がるのかと言うと、これは「遺伝子」と「記憶・学習」によって作られます。
こういう考え方をしやすい、こういう風な考え方を好むというのはある程度遺伝子で決まっています。
不安を感じやすい人、楽観的に考える人、不安を気にしない人、リスクを好む人、そういったことは遺伝子のレベルでも結構決まっています。
あとは幼少期からの育て方、「記憶・学習」によって神経回路ができていきます。
記憶と学習のことを「チューニング/プルーニング」と言います。
チューニングとは「強化される」ということです。
英語や漢字など、暗記したいことは何度も繰り返します。
また、好きなものもパッと覚えます。
何度も使っているもの、感情を揺さぶられる好きなもの、感情を揺さぶられて嫌だったこと怖かったこと、このようなものは記憶に残りやすいです。
これはチューニングされているからです。
プルーニングとは「忘れる」ことです。
あまり自分に関係ないなと思っていることは消えていきます。
このチューニングとプルーニングによって、自分の脳の回路、こういう風に考えがち、という神経回路が出来上がっていきます。
これは「新雪の丘」と言ったりします。
まっさらな状態の雪に、最初にソリが滑ると跡ができます。そうすると、次のソリもその跡の上を走りがちです。
人間は最初に虐待を受けると「人間を信じてはいけない」「親は怖いものだ」「大人の男性は怖いものだ」と思い、そうすると次に来る大人も怖いものだと思ってしまいます。
子どもは叱られたりしますが、そうすると「やっぱり怖いじゃないか」とより強化されます。
親からそれほど怒られなかった子ども、愛されてきた子どもは、教師から怒られても「これは愛情なんだ」と思い、悪い方には考えません。
でも虐待された子どもは悪い方に考えがちだったりします。
そのような癖が一度つくとなかなか取れません。
■感情は「学習」される
もう少し自意識を理解してもらうには、記憶や学習についてのもう一つの見解を知ってもらうと良いと思います。
感情というのはもともとあるものではなく、「学習」の結果つくられるものです。
人間は複雑な知識と複雑な言語によって脳が非常に複雑になっていて、それにがんじがらめになっています。
「怒り」とか「寂しい」という気持ちは人によって違うが、それはもともとあったのではなく学習した結果だからなのです。
例えば日本人は「肩がこる」と言います。
疲れたりすると「肩がこるな」と言うのですが、海外には肩がこるという言葉がないので肩はこりません。「背中が痛い」と言ったりします。
同じように、「侘び寂び」という感情、怒りや悲しみより複雑な感情ですが、これは日本人にしかわかりません。それは「学習」の結果だからです。
日本という土地に住んでいて、禅を学んだり、葉が落ちる、桜が散るなどといったことを体験することによって、侘び寂びという感情が「この感じなんだ」とわかります。
人間が考えている感情や自分、常識というのは「つくられたもの」であって、もともと備わっているものではありません。
自意識とは何かと言うと、遺伝子と記憶・学習、そして体調によって出来上がる神経回路、ということになります。
■他人との会話
もう一つ大事なのが、バランスを整えるということです。
自律神経のバランスは他人と一緒にいることで保たれます。
脳と体調だけで完結しているのではなく、他人と喋ったりすることでバランスが整います。
人間は集団で生きてきた動物なので、誰かと会話をする、ささいなことでも会話をすることで安心して、ストレスが減ったりします。
また、腸と脳が会話をしている「脳腸関係」と言われるものもあります。
腸から出てきた化学物質と脳は会話をしますが、それ以上に大事なことは他者と会話をすることです。
他人と会話をすることで自律神経が整い、そうすることで安心してリラックスし、脳神経にも影響します。
ですから精神科の病気というのは、その人単独の問題ではなく、周りにいる人や社会の問題でもあるということなのです。
今回は、自意識とは何かについて、ざっくり解説しました。
精神医学
2022.5.17